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脳の「老化」と「若返り」を調節する因子

[ PDF:1.1MB
老化した神経幹細胞を活性化する環境因子の発見

桑原 知子の写真桑原 知子 くわばら ともこ
桑原連絡先
幹細胞工学研究センター
幹細胞制御研究チーム 主任研究員
(つくばセンター)

成体の体内に存在するさまざまな成体幹細胞(組織幹細胞)を研究しています。現代人を悩ませるさまざまな疾患の根本的な克服につながる、新しい医療・創薬開発の礎になる研究を目指しています。

脳の「老化」

 人間の脳内にある海馬では、生涯にわたり新しい神経細胞が産み出されています。しかしその産生頻度は年齢とともに減少するほか、ストレスや疾患など個人がおかれた環境によっても大きく変化します。これまで、老化によって脳内で新しい神経が作られなくなってくるのは、元となる「神経幹細胞[1]」の数が減ってしまうのが第一の原因と考えられてきました。

神経新生をコントロールする因子Wnt3

 今回私たちは、以下に述べる手法で、「神経幹細胞」ではなく「アストロサイト細胞[2]」に神経新生を大きく左右する因子があり、それが「神経幹細胞」の若返りにもつながる役割をもっていることを明らかにしました。

 まず、老齢マウスの海馬と若齢マウスの海馬から「神経幹細胞」をそれぞれ樹立・培養したところ、試験管内の独立した実験環境では、神経幹細胞の増殖能力や遺伝子発現プロファイルに大きな差異がないことがわかりました。

 対照的に、老齢マウスの海馬と若齢マウスの海馬から「アストロサイト細胞」をそれぞれ樹立・培養すると、老齢マウスの海馬「アストロサイト細胞」培養系では、若齢マウスの海馬「アストロサイト細胞」に比べるとWnt3[3](ウィント3)産生能力が30分の1程度と大幅に減少していることがわかりました(図1)。

図1
図1 若齢マウスの海馬より抽出・培養したアストロサイト細胞(左)と、老齢マウスの海馬より抽出・培養したアストロサイト細胞(右)

 さらに、老齢マウス群に、ストレスを感じさせない程度の運動(ランニング)を短期間行わせると、海馬アストロサイト細胞のWnt3産生能が大幅に増加しました。この分泌されたWnt3の増加に伴って、それを受け取る神経幹細胞内の神経分化に必要な遺伝子が活性化され、神経新生機能が増すこと、すなわち海馬で新しく産み出される神経細胞の数が増加することがわかりました。

 海馬で新しく神経細胞が作られる過程には、「神経細胞の多様性(特異性の獲得)」を引き起こすメカニズムが備わっています。そのメカニズムを調節している仕組みが、「運動(ランニング)」といった個体への刺激によって、どのように変化するのか調べました。すると、新しく産まれた神経細胞内のレトロトランスポゾンのクロマチン制御の状態が、アストロサイト細胞が産生するWnt3の量に、敏感に依存していることがわかりました(図2)。

図2
図2 個体の情報を神経幹細胞へ伝える因子(オレンジ色の粒がWnt3)

今後の予定

 老化やさまざまな神経疾患の状態を左右する、幹細胞の周囲の細胞の役割を今後さらに解析し、診断に有効な新しい分子マーカーの検出方法を探索する予定です。幹細胞自体を操作しなくても、幹細胞を支えている細胞群の活性化を促すような創薬開発や新規医療技術の開発など、今後の多様な産業に応用させていきたいと考えています。


関連情報:
  • 参考文献
    M.Okamoto et al.: FASEB J., 25(10), 3570-3582 (2011).
  • 共同研究者
    浅島 誠(産総研)、征矢 英昭(筑波大学)
  • 用語説明
    [1]神経幹細胞:外部からのシグナル伝達や細胞自律的な分化制御を受けて、自分自身を複製したり、神経細胞やアストロサイト細胞、オリゴデンドロサイト細胞を産み出したりする細胞。
    [2]アストロサイト細胞:神経細胞を支える物質や神経幹細胞の複製にも重要な因子などを生産する細胞集団。
    [3] Wnt3:ヒトの体内の限られた領域の細胞から産生される分泌型のタンパク質。
  • プレス発表
    2011年8月8日「脳の「老化」と「若返り」を調節する因子
  • この研究開発は、独立行政法人 日本学術振興会科学研究費補助金(若手研究B、基盤研究A)の支援を受けて行っています。

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