研究の経緯
iPS細胞は再生医療のための細胞源として期待されていますが、腫瘍(しゅよう)形成の問題があり、細胞の安全性を評価する技術の開発が求められています。糖鎖は細胞の最も外側を覆い、細胞の種類や状態をよく反映することから「細胞の顔」と呼ばれ、分化段階でその構造が著しく変化することが以前から知られていました。一方、糖鎖は枝分かれや立体異性の違いによる複雑な構造をもつため、解析手法も複雑で時間のかかるものでした。これまで糖鎖医工学研究センターでは、糖鎖に結合するタンパク質(レクチン)を多種類、スライドグラス上に固定化し、これらと糖鎖との結合を一組のデータセットとして相互比較する高感度な糖鎖プロファイリング技術を開発してきました。そしてiPS細胞の糖鎖プロファイルを解析しました。
研究の内容
今回、糖鎖プロファイリングの性能を上げるためにレクチンの数を増やし、組み換え体を含む96種のレクチンを固定化した「高密度レクチンマイクロアレイ」を開発しました。4つの異なる組織(羊膜、子宮内膜、胎児肺、胎盤動脈)の体細胞に4つの初期化遺伝子(Oct4、Sox2、c-Myc、Klf4)を導入して114種のiPS細胞を作製し、その際の細胞上の糖鎖の変化について、高密度レクチンマイクロアレイを用いて糖鎖プロファイルの比較解析を行いました。解析の結果、元の体細胞が組織ごとに異なる糖鎖プロファイルをもっていたにもかかわらず、作製されたiPS細胞は、いずれもES細胞とほぼ同じ糖鎖プロファイルを示し、初期化遺伝子の導入により細胞上の糖鎖もリプログラミング*されることがわかりました(図1)。さらに、すべての未分化細胞と反応し、かつ、元の4つの体細胞とは全く反応しないレクチンを発見しました(図2)。rBC2LCNと名付けたこのレクチンは、上記の二つの特徴(α1-2Fuc、type1 LacNAc)をもつHタイプ1/3構造(Fuc α1-2Galβ1-3GlcNAc/GalNAc)に結合特異性をもつことがわかりました。つまり、この糖鎖認識タンパク質は新規未分化マーカーであると考えられます。
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図1 高密度レクチンマイクロアレイで得られた糖鎖プロファイル(クラスター解析) |
図2 rBC2LCNは未分化細胞を検出する新規プローブである |
今後の予定
この研究で発見した未分化細胞と特異的に反応するrBC2LCNは大腸菌で簡単に大量調製できることから、腫瘍化の原因になる未分化細胞を検出するための試薬として産業応用が可能です。国内外の関連研究機関と連携して、rBC2LCNを活用した未分化判別技術を開発し、その実効性を広く検証するとともに、rBC2LCNが認識する新規未分化マーカーの機能について研究する予定です。

舘野 浩章 たての ひろあき
