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技術移転意見交換会:
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技術移転が社会と研究者を変える


技術移転意見交換会写真

瀬戸 技術移転に関する理事長と研究者の意見交換会を始めさせていただきます。出席いただいたのは、明渡上席研究員、蛯名研究チーム長、近江谷副研究部門長の3名です。

 産総研は第3期中期計画期間を迎え、知的財産(知財)を基本にした技術移転の体制を整えつつあります。2010年10月にはイノベーション推進本部が設立され、横の連携を取りながら技術移転を進めていく体制ができました。「技術を社会へ」とうたっているように、産総研にとって技術移転は重要なミッションです。新体制の下で、改めて技術移転の重要性を再確認すべく、理事長との意見交換会を開かせていただきました。

 明渡さんから順に説明していただいて、その後、意見交換を進めていきたいと思います。

先進コーティング技術を技術移転

明渡 私はエアロゾルデポジション(AD)法とレーザーインクジェット(レーザーIJ)法という二つの技術を開発し、これらの成果をどう社会展開していくか、企業に技術移転していくか、格闘してきました。

 AD法はセラミックのコーティング技術で、常温でコーティングできるところが最大の特徴です。この技術をベースに2002年から2006年まで、ナノテクノロジーの国家プロジェクトとして、大手企業6社、4大学と集中研を置いて研究開発を進めてきました。このとき、知財も含めた貴重な産学連携の経験をさせていただきました。

 AD法は、常温でセラミックスが固まるという私の発見がすべての始まりでした。これに注目した企業が多数コンタクトしてきて、プロジェクトになったという経緯です。

 この現象は、再現性はあるのですが、当初は、その詳細が科学的によくわかりませんでした。不明なところがあると、企業の方は、自分のところで同じモノはつくれても、製品化ではいろいろな障害が起こると予想します。そこで、基礎研究の部分を主に私たちが担当して、企業にはその応用展開としていろいろなトライアルを先行的に進めるという共同開発体制をとりました。

 プロジェクトから実用化につながった例もいくつかあります。大手窯業メーカーとは、プラズマ耐食コーティングなどに応用展開して事業を立ち上げています。また、大手精密機械メーカーとは、MEMS光スキャナーに応用し、これを使ったディスプレーデバイスの製品化が始まっています。

 プロジェクト終了後も、大手、中小を含めていろいろな企業からコンタクトがあり、AD法を使うアイデアが持ち込まれます。現在は、ほとんどを企業から直接の資金提供で進めています。その中でも大口なのが大手自動車メーカーとの共同研究です。これは2010年11月にプレス発表しましたが、全固体二次電池の開発にAD法を利用しようというものです。まだ研究段階ですが、将来性は十分にあると考えています。

 もう一つのレーザーIJ法は、同じようにノズルから材料を吹き出す技術ですが、こちらは固体ではなく液体のインクジェットです。これは、ファインMEMSプロジェクトの中で、オンデマンドの配線技術として進めました。私たちは、基板上に着弾した液滴をレーザーで上手に乾燥させて塗り広がりを抑えるようにして、一気に細くて厚い線を描くことに成功したのです。これでアスペクト比1の線を1秒間に1 cmとか2 cmというスピードで引ける技術を確立しました。この技術も、プレス発表によりいろいろな企業から連絡がきて、現在、さまざまな知財のスキームや資金提供型共同研究により技術移転を進めています。

図1
図1 研究開発におけるスパイラル深化

 いずれもプロセス技術で、いろいろな用途が考えられるため、年間80件くらいの技術相談がありますし、実際に共同研究も20〜30件くらい進めています。忙しくてたいへんですが、複数の企業からいろいろなニーズが集められているのが、今の私たちのチームが置かれている状況かと思います。

 そこで実感しているのが、研究開発における「スパイラル深化」です(図1)。つまり、基礎研究から応用研究、さらに製品化という単純なリニアモデルではないということです。技術や研究開発というのは、実用化のフェーズになってもまた基礎に立ち戻ることを何回も繰り返していくうちに、そのスタートの技術の本質がはっきりしてくることと相まって、より大きな技術に展開していくということです。

 一方、技術相談や共同研究の件数が増えてきたので、コーティングという切り口から、企業との連携をもう少し表に見える形に展開していこうと考え、2010年から「先進コーティング技術プラットフォーム」を開設しました。狙いは、産総研オリジナルの技術を、いかにスピーディに企業に使ってもらえるところまでもっていくかです。それをコアにして、逆にコーティングに関するニーズや世界的な動向を集約し、将来的には双方向のプラットフォーム機能をもたせていきたいと考えています。

企業と付き合う際に必要な認識

明渡 次に、産総研の研究者が企業と付き合う際に「こういうふうに意識したほうがよい」という私の提案をお話します。

 第一に、一言で企業といっても、大企業から中小、零細企業まであって、それぞれまったく性格を異にしており、相手によって産総研の研究者のスタンスを変えるべきだ、ということです。

 第二に、産総研の研究者はどうしても学会を中心に活動しますが、学会という場では、企業の現場が本当に困っているテーマに出合うことは少ない、ということです。その意味で重要だと思うのが「プレス発表」です。産総研のプレス発表はとても大きな宣伝効果があります。そして、企業で仕事をされている方とお付き合いするきっかけになる。この点は強調しておきたいし、私もとても勉強になりました。

 第三に、共同研究の段階で、信頼関係をどうやって構築するかです。要するに「一歩一歩、少しずつ付き合いの距離を近づけていって、本当にしっかりとお付き合いするに値する相手なのかどうか、双方から見極めていく」ということです。そういうステップが必要です。

 第四に、私はこれが最も一般性があると思っていることですが、「研究フェーズ(立ち位置)の認識が違いますよ」ということです。実はこの違いが、いろいろな誤解や理解不足を招く原因なのです。例えば基礎研究、応用研究、製品化研究と分けても、大学や研究所と企業の方では認識がまったく違います。研究者が「もう実用化のフェーズです」と言っても、企業ではまだ萌芽研究だったりする。このギャップは、いろいろな意思疎通の不具合を発生させるので、違いをしっかりと認識する必要があります。

理事長 明渡さんは新しい現象を発見してその応用をスタートさせ、しかもそれにとどまらずに領域を広げて、最終的にはコンソーシアム的なものにまでもっていった。技術の性格にもよると思うけれど、深さと広がりを合わせて発展させていった成果であり、とても感心しました。

 それと、研究に対する考え方にすごく共感します。企業においても、研究所と事業部との間には相当に距離があって、中堅企業や大企業は特にそうです。産総研と産業界にも距離があります。いわば相似的な関係で、とても似ていると思います。

 企業への技術移転は、粘り強くやることですね。距離があるので、1回や2回アプローチして「だめだ」と諦めていたら実らないが、粘り強く「これでもか」とやることで成果を継続して出したということですね。

明渡 継続は一つのキーワードだと思います。

明渡 純の写真

1984年早稲田大学理工学部応用物理学科卒、同理工学部助手を経て、1991年機械技術研究所入所。工学博士。入所後1994年頃からAD法を着想。2002年から5年間、AD法をコア技術とするNEDOナノレベル電子セラミックス材料低温成形・集積化技術のプロジェクトリーダーを務めた。2006〜2008年度まで、NEDO「高集積・複合MEMS製造技術開発事業」に従事し、レーザー援用インクジェット技術を発案、同テーマを取りまとめた。

明渡連絡先
先進製造プロセス研究部門
上席研究員
(兼 集積加工研究グループ長)(つくばセンター)

プレス発表の有効性を認識しよう

瀬戸 プレス発表がとても有効だったと指摘されました。

理事長 私にはものすごく新鮮でした。

明渡 産総研のホームページのトップに載っていると、大きな反響があります。ところが現場の若い研究者には、プレス発表が効果的だという認識がほとんどないのです。これは残念なことです。

 理事長 「技術を社会へ」という点では、業界紙や専門紙が取り上げてくれるのは大きいです。中小企業の人もみな読んでいるからです。技術陣を定期的に学会に派遣できる企業というのは、日本でもそう沢山はないと思います。一部上場企業でもすべてではない。でも、新聞を取っていない企業はないでしょう。産総研でこんな材料や技術ができたという記事が読まれるのですね。

 産総研の研究者にとっても、特に発表するまでの努力が大切だと思うのです。わかりやすい文章にしようとか一所懸命に考えるでしょう。

明渡 確かに、それなりの時間を割くことになります。また、研究ユニット長レベルで、まず発表の価値があるかどうかを検討しますし、イノベーション推進本部を通して技術の内容のチェックもあります。

蛯名 プレス発表は私も経験しましたが、研究の広がりを与えてくれたと思います。若い研究者の場合、企業からの問い合わせで仕事が増えてしまうことを懸念しているのだと思います。しかし、あるところを超えると、自分が社会で役に立っていることを明確に認識できるようになり、やりがいを感じて仕事が変わっていくことになると思うのです。

粘土膜から東北粘土イノベーションへ

瀬戸 次に蛯名さん、お願いします。

蛯名 私は粘土を用いた膜について、研究開発を進めてきました。2003年から04年くらいに、粘土を主成分として薄いプラスチックフィルムのような膜をつくり、それが耐熱性とガスバリア性という点で、とても優れた特性をもつことを発見しました。

 材料である粘土は、だいたい1 nmくらいの厚みのシート状結晶です。主成分はシリカ、アルミナ、マグネシアですが、こういうとても薄い無機結晶を配向させて、積層させるような形でフィルムをつくると、プラスチックフィルムよりもずっと耐熱性が高く、さらにガスバリア性が高いものができたのです。

 実は、天然の粘土と同じようなものを、圧力釜を使って合成することも可能です。そうすると、不純物がない透明な粘土ができました。ここから、ディスプレー用途に展開できる可能性もひらけました。つまり、耐熱性、ガスバリア性、透明性を併せもつ材料が必要な分野が、この粘土膜の応用ターゲットです。

 2004年からの2年間で、当時の知的財産部門やTLOの方々の協力をいただき、特許を重点的に出しました。

 特許群については「スポークモデル」を展開してきました(図2)。初めの2〜3年で中心的な特許を産総研単独で相当数出しました。膜の基本特許だけでなく、つくばやほかの地域研の方々と協力して、デバイスについても産総研の中で試作して、特許を出しました。ただ、その先は「餅は餅屋」になります。そこで、本当に使える特許になるよう、いろいろな企業と一緒に周辺特許を出しました。

図2
図2 クレースト®スポークモデル展開( ピラミッド型知的財産構築)

 その後、プレス発表の反響で技術相談がかなり来まして、「あたり試験」を100件以上実施しています。そこから、情報開示契約とか共同研究という形に結びつけてきました。現在のところ、実施契約は6件、実用化件数も同数です。振り返ってみると、初めの技術相談の件数からちょうど1 %の成功率で実用化しています。売れ筋商品(ヒット商品)になる数はさらに少ないですから、やはり当たる確率が高いとは言えません。したがって、とても粘り強く1件1件の企業と丁寧にお付き合いすることも必要ですし、1回や2回くらい失敗してくじけていては、製品化研究はできないということです。

 このように、コンタクトしてきた企業との共同研究を多くさせていただきました。さらに、ノンアスベストという点を多くの方々から評価していただき、いくつかの製品も世の中に出すことができました。例えばガスケットは原子力発電所などで実際に稼働しています。

 今は、多くの企業が集まったコンソーシアム型の組織ができ、知識を共有できるような形になりつつあります。この粘土は、実は国内でかなり産出しています。国内最大級の粘土鉱山は、仙台の産総研東北センターの近くにあります。年間の産出量は10万 tで、とても品質のよい粘土が採れます。そこで東北地方の企業と一緒になって機能材としての利用を展開していこうと考えて、いま「東北粘土イノベーション」を標榜しています。コンソーシアムには50社くらいの企業に入っていただいており、歩調をそろえながら開発していく体制をつくっているところです。

 私たちの場合、随時入ってくる短期的な「あたり試験」がたくさんありますので、実はわかる研究者だけでは仕事がこなせない状況です。そのため、専門的な研究開発スタッフは、完全に専従で配置されています。特許の専門スタッフは特許だけということです。それから、クイックトライアルといって、コンソーシアムに入っていただいている企業さんには、最初の「あたり試験」は1ヵ月くらいでレポートを出しますので、それ専門のスタッフも配置しています。

理事長 明渡さんの研究にも言えると思うけれど、当時の蛯名さんの研究領域というのは、世の中のメインストリームではなかったと思います。華やかな陽の当たる分野は電子材料や、電子材料の中の半導体そのものでした。ところが蛯名さんや明渡さんは、別なところに目をつけて研究して新しい突破口を見つけられた。こういうのは、本当に産総研らしいと思います。

蛯名 武雄の写真

1993年東北大学大学院工学研究科博士課程修了、東北工業技術試験所入所。工学博士。2度カリフォルニア大学サンタバーバラ校で在外研究をして粘土を含む機能性材料の研究を行う。2004年以降粘土を主成分とする膜材料の開発に従事。原料粘土の合成から応用製品の大量生産まで幅広く研究。粘土膜の用途としては、合成粘土を用いた透明フィルムとそれを用いた電子デバイスなどがある。

海老名連絡先
コンパクト化学システム研究センター
先進機能材料チーム
研究チーム長(東北センター)

発光タンパク質でバイオ研究ツール

瀬戸 次に近江谷さん、お願いします。

近江谷 私は40歳まで大学の教育学部にいました。基礎科学という切り口で、発光生物がなぜいろいろな光り方をするのか、ずっと研究していたのですが、それがだんだんストレスになってきました。こういう現象や知見はたぶん次のサイエンスにつながっていくはずなのに、基礎研究しかやれない環境だったからです。

 もう一つ、生命科学ではポストゲノムという新しい潮流が起きていました。遺伝子情報がわかったので、次の段階として、それをどう活かすかが大切な時代になってきたのです。この段階なら、私のもっているツールや仕事が絶対に役に立つと思ったのがちょうど2000年頃でした。何かをしたいという鬱積していた時期に声をかけられて、産総研に来ることになりました。

 私が進めていたのは、鉄道虫というブラジルにしかいない虫の発光です。頭が赤くて体が黄色に光ります。ブラジルからポスドクが来てくれ共同研究によって、世界で初めて赤い色で明るく光る発光タンパク質を取ることに成功したのです。大学から特許を出願しましたが、限界がありました。お金もないし、何もできない。困っていたところ産総研に移ることができ、このコンセプトを活かそうと考え、マルチレポーターという方法を生み出したのです。

 それまでは、二つの遺伝子が発現したかどうかを見る方法はありましたが、三つ以上を見る方法はありませんでした。遺伝子発現を見ることは必須の研究手段です。それを光で見ようという技術の流れもありましたが、光の強さだけに注目していました。私は、赤色とかオレンジ色とか緑色とかの発光タンパク質をどんどん開発して、「三つの色で測る」という方法を確立したわけです。

 産総研より特許をいくつか出願、次に、これを何とか技術移転しようと考えました。ちょうど2001年から始まったNEDOプロジェクトに併せて進めることができました。

 こうして生まれた成果を大企業の2社に技術移転して、2005年春には販売にこぎつけました。この時に問題だったのは、測定するハードがない、ということでした。そこで3色を測れる装置を作ろうと考え、産総研の中小企業産業技術研究開発委託費を受けて、中小企業と一緒に開発、販売にたどり着きました(図3)。

 この時の経験で知ったことは、大企業には大企業にしか、また中小企業には中小企業にしかできないライフサイエンスがある、ということです。それをうまくまとめる仕事人は、実は企業にもいなかったのです。幸いに産総研というニュートラルな立場を活かし、両社に「こんなことをやったらどうですか」と提案することで、仲介者の役を果たせたのです。結局、中小企業はOEMで大企業にも製品を供給する形になりました。

図3
図3 レポータアッセイに用いる発光タンパク質を多様な生物から知的財産化

製品を作ると、世界が変わる

理事長 中小企業が器械を製造して大企業が販売したわけですね。

近江谷 そうです。大事なのは「アフターケア」だと思うのです。自分の技術がどんなによくても、それだけで製品ができるわけではない。世の中は甘くなくて、製品化を裏から支えることも産総研の研究者の仕事ではないか、ということです。

 そうしているうちに、ブラジルに何度か行っていたら、またおもしろい虫に出会いました。すごく強く光るので、これを使えば、細胞の細かい動きも見えるのではないかと考えて、大企業と共同研究し、「エメラルドルックEmerald Luc」という製品を作りました。これは世界で一番明るい緑色の光です。つまり私達はいま、緑色と赤色で、世界で最も明るく光る発光タンパク質をもっているわけです。

 もう一つ、ライフワークのように取り組んでいたのがウミホタルです。小さな生物ですが、青い光を放ちます。青いため、今までになかったツールができるのです。そのコンセプトを活かすため、技術的な隙間はいくつかの特許で埋め、それをパッケージにして技術移転しようと考えました。

 この時に考えたのは、これは世界的にも珍しい仕組みなので、できれば初めから世界規模で製品化した方が得策ということです。米国などの企業からコンタクトがあると、こちらから出向きました。ただ、国際企業と組むにはいろいろなハードルがありましたが、最終的には国際企業から、2010年1月に「BioLuxバイオルックス」という名前で発売にいたりました。何度も交渉に行って、なんとかまとめました。

 ライフサイエンスの市場は、日本と米国や世界との差が違いすぎるのが現実です。米国企業が発案した製品を日本の研究者が買う、という構造になっていて、このことを知れば、初めから外国企業に技術移転したほうがよい、という場合もあると思います。

 最近は、国際標準化に取り組んでいます。3色で光るものを国際的に誰でも共通の基準で測れるようにすれば、もっとよい精度の研究成果が生まれて、それによって市場も広がるはずです。技術の最終的な移転というのは、標準化までもっていくことではないかと考えています。これも大事なアフターケアの一つです。

 一番言いたいのは、論文を書いても世界はなかなか変わらないということです。自分がどんなによい技術をもっていても、誰も振り向いてくれない。ところが、製品を一つつくると、けっこう皆さんが振り向いてくれるのです。それで世界が変わる。私はそれに気がつきました。社会を変えたいと思うなら、製品化研究に取り組んでいただきたいと思います。私はそれを誇りに思っています。

理事長 近江谷さんの場合、大学での研究生活に飽き足らずに、自分のアイディアを物にするために産総研を活用した。研究者も社会的存在であり、社会に貢献したいという選択をした典型的な例だと思います。また、近江谷さんは、大学や公的研究機関の知財戦略のあり方に対して、問題を投げかけている人だと思っています。

 いまや、研究成果をグローバルに活用する仕方を、日本としてもまじめに考えなければいけない時代になってきたと思います。

近江谷 外国の企業の人と会うと、深い情報交換ができます。当然、秘密のところは彼らも秘密にしていますが、会話の中で引き出せる情報の多さが、日本の研究者とは違うのです。戦略性などを学べるのも大事な点です。

理事長 産総研だけでなく国全体として、戦略性をもってやるべき時代に来ているのではないかと思いますね。国費を投じて得た成果だから、海外企業にライセンスする際には一定の考慮が必要だと思いますが、オープンイノベーションでアライアンスを組んで行うという選択肢はあると思います。

 近江谷さんは、ねばり強く努力して交渉をまとめたわけですか。

近江谷 はい。そのおかげで、今年はさらにそれを使いたいという別の会社が来てくれました。企業を回って一番驚いたのは、私の名前を皆さんがけっこう知っていたことです。私の特許を皆さんが読んでいたのです。企業もそれだけ真剣に知財戦略を進めているわけです。

近江谷 克裕の写真

1990年群馬大学大学院医学研究科修了。医学博士。静岡大学教育学部助教授等を経て、2001年産総研入所、2006年10月より北海道大学医学研究科教授に出向、セルエンジニア研究部門研究グループ長を兼業、2009年4月より産総研に復職。3種以上の遺伝子発現を同時に測定するマルチレポータアッセイの開発に従事。NEDO「高機能簡易型有害性評価手法の開発」の一部を担当。

近江谷連絡先
生物プロセス研究部門
副研究部門長
(兼 イノベーションコーディネータ)(つくばセンター)

知財部が強力にサポート

理事長 三人への質問ですが、知財部が知財をマップ化したりして、改善・強化の活動を展開していますが、それを使われていますか。

明渡 私は活用させてもらっています。似たような仕組みは産総研には昔からありましたが、より洗練されてきていると思います。出そうとしている特許がどこまで取れるのか事前に調べたいとき、特許の分析システムがありますが、ああいうツールは、本当に活用できると思います。

蛯名 私も、支援していただきました。スタートアップの3年くらいが特許強化の重要なポイントでしたが、担当の方をつけていただいて、特許評価のための打ち合わせを何度もさせていただきました。

近江谷 私も同じで、特に初期の頃は自分たちに知財戦略の自信がないので、技術移転のフェーズに移る前の段階で、知財部の分析はかなり活きたと思います。

理事長 私は産総研にきて、企業顔負けの取り組みをやっていると感じました。企業出身者もいるし、特許庁出身の人もいる。これだけ多様な人材が集まって、いろいろなアイディアを出してくれるというのは、一企業では真似できませんね。アイディアをどんどん成長させていくよい仕組みだと思います。例えば近江谷さんの特許を取り上げようと決めるのは、誰なのですか。

桂 今は、研究ユニットである程度の方針を出して分類を付けていただくのですが、それを参考にしながら、関係者で情報を共有した後にディスカッションして、どれに力を入れて支援していくか、チームをつくって検討しています。

明渡 蛯名さんのケースも私のケースも、企業からの技術相談件数が一つの指標になっていました。その数が多いので、これは分析したほうがよいという話に自然となって、知財部での検討が始まりました。その時のスピード感は、とても速いと思いました。また、すごく勉強になりました。

理事長 国際特許についてはいかがですか。

蛯名 10数件出しています。

理事長 国際特許は、資金は必要だがしっかりやらなければいけないですね。

近江谷 外国企業などとの交渉では、研究者・知財・技術移転担当の三者がパッケージで対応したらよいと思います。というのは、相手方は、研究者が半分で、知財担当と契約担当が合わせて7〜8人セットで出席するのです。戦略性をもって進めていこうとしても、研究者だけではわからないことも多いので、もし産総研の中でも、何とかチームといったパッケージがあれば、相手も安心して議論ができると思います。

 私たちがもち帰って知財部に伝えても、どうしてもフィルターがかかって二度手間になってしまいます。初めから精鋭部隊で行かないと、国際企業との交渉では余計な誤解が増える危険性が高いのです。

瀬戸 チーム対応が最も大事だということですね。

製品化が促すスパイラル深化

瀬戸 先ほど、スパイラルの形で技術移転が発展していく話が出ました。これは、技術移転に取り組むと基礎研究も研究開発も発展することかと思います。

明渡 量産の段階になると、信頼性や耐久性の問題が必ず出てきます。そして、もう一度原点を思い知らされることがあります。例えば私の方法にしても蛯名さんにしても、界面の問題が信頼性にすごく影響するのです。そこで、この界面はそもそもどうなっているのか、という疑問が生じました。

 でも、このような「行って来い」を繰り返す中で、当初とは異なる見方が登場してきて、実は私たちはいま、まったく新しいプロセスを出そうとしているのです。界面の重要性は私たちも意識していたのですが、企業の方からの指摘が、大きなドライビングフォースになりました。

蛯名 「慣れ」をいかに克服するかという問題とも関係します。何年か経つと自分たちの中に常識みたいなものができてきて、探索場所が知らず知らずに限られてしまうのです。こんなときに新しい人が入ってくると、よい意味で素人なので、「常識」にとらわれずに探索を進めてくれます。その結果、私たちが気づかなかった新しい発見が出てくるのです。

 もう一つ、まじめにつくり込んでいくと、再現性も安定してきます。ところがそうなると、逆に小さなノイズが見えるようになるのです。なぜこれが起こるんだ、この現象はいったい何なのだ、という問いが生じ、よく見ると新しい現象だったということもあります。

近江谷 私たちの場合は、初めから最終プロダクトに近いものをつくってしまいますので、ファーストユーザーでもあるのです。つまり誰にも取れないデータを取ることができ、そこで基礎研究に戻れるわけです。しかも最先端の装置を使うので、違った生命現象が見えてくる。そこからまた、もっとよく見るにはどうすればよいかということで、次の開発テーマが生まれてくるわけです。

 あと、製品化研究をしなければ見えない世界というのが出てくるのです。外国に行った時ですが、なぜ彼らが私の技術に注目したかを深追いしていくと、彼らは「次にこれこれのサイエンスが生まれる」と考えているわけです。そこを読み切って研究すれば、私たちにはまた新しい研究成果が生まれます。こういうほかの人が真似できないような形のスパイラルをつくっていくことが大事だと思います。

人材をいかに育成するか

瀬戸 皆さんの後に続く人たちの育成について、どのような形で取り組まれていますか。

明渡 私のグループでは、独立してやりたいことを自由にやるテーマと、もう一つ、お互いに手伝い合うテーマの2本立てで進めています。

 共同のテーマをもっていると、行き詰まった時に助け合うことができ、ブレイクスルーのきっかけになる、と信じているからです。これは経験則です。グループのメンバーの中には「荷が重い、きつすぎる」と言う人もいますが、逆に三つも四つもやりたいという人もいます。いろいろな個人差を、私たちのような現場にいるリーダー的な立場の人間が注意してよく見ないといけないと感じています。一律にやってしまうと、いろいろな不具合が生じるからです。

 また、企業との技術相談に同席させて、私がどんな駆け引きをするのか、どういう問いかけをするのか、全部見せるようにしています。私がその時なぜそう言ったのか、その理由も、あとで打ち明けています。

蛯名 私たちのチームとしての強力な分業化体制は、いわば必要に迫られてつくったものです。それだけではだめで、長いスパンで研究開発ができるような人材も同時に育成しなければなりません。

 実際、チームで働いていたスタッフを、実力がついてきたら企業で使っていただくようにもしています。そういう人材の流れもあります。ただ、それが大きくなりすぎると、全体として組織は弱くなってしまうので、バランスをとっています。

近江谷 ラボを常に活性化させておくのは簡単ではないと感じます。優秀なグループリーダー(GL)が10年、15年と研究を進めていくと平均年齢も上がり、下が育ってこなくなるケースもあるのです。

 私自身は、上がいなくなるのが一つの手ではないかと考えました。そうすれば、次のGLも育ってくるのではないか。具体的には、若い人と企業をペアにして、「A君はこの企業と付き合いながら、私のNEDOのプロジェクトを一緒にやろう」とか、「B君はC社と付き合いながらやってください」というようにしました。実際、3年くらい前に関西のグループは全部そうしてしまい、私自身はGLを離れました。

 時に歯がゆい思いもしますが、自立させるには口を出さないことが必須条件なので、そこは我慢しています。今は、そんな教育方針でやっています。

 副部門長としては、なるべく若手と、グループ長を外した形で話し合うことをしています。若手を集めて、私のやってきた経験などをいろいろ伝えています。新しいGLが育つかどうかが、私が優れた副部門長だったかどうかを判断する根拠になると思っています。

理事長 いろいろなやり方があるのでしょうね。でも、やっぱり研究というのは、一人でやれる量はたかが知れているのです。一人の力はものすごく大事なのだけど、集団でやるメリットがあって、その力は大きいのです。それを発揮するために一緒に議論したり、たまには突き放したり、工夫もいろいろ必要でしょうね。

 私が思うのは、できる人を正しく評価すること、また、できない人でも、使いようによっては力が発揮できると見てあげることが、リーダーとして必要だということです。まったく突き放してしまうと育たないから、何かチャンスを見つけてあげることが大切だと思います。

近江谷 副部門長になって部門全体をみることになり、どう育てようか、どうグループを元気づけようか、頭を悩ませています。今できるのは対話しかなくて、今は若手とはそれしかやっていません。

理事長 あらゆる仕事で対話は大事ですが、研究は特にそうだと思います。米国などでも遠慮会釈なくやっている。他人が作った問題をてきぱきと100点満点ですごいスピードでこなすのも能力だが、自分が作った問題を苦労しながら解決することはもっと大事な能力だと思います。

蛯名 私の場合、各社といろいろなものづくりを進めているので、担当研究者に任せるしかないのですが、それが意外に達成感につながるのです。「相手の会社が喜んでくれた」「製品が世の中に出る」となると、そこで人が変わってくれることがあるのです。そして、自信をもって次のテーマを提案することにもつながっていきます。小さくても、達成体験をもつのはよいことだと思います。

理事長 達成感を実感するような機会をもつ。なるほど。

近江谷 グループ全体で製品を出すことになると、グループ全体が元気になります。カタログに載っただけでも、「私たちのやっていた仕事は間違っていないよね」という一言が出る。違った見方が研究についてできるようになって、自信もつき、広い視野で物が見られるようになる。それが製品化を達成した時の喜びですね。

イノベーション推進本部への期待

瀬戸 これまでの知的財産部門から、イノベーション推進本部の知的財産部となりました。例えばインセンティブの仕組みも、より戦略的に取り組める仕組みに切り替えようとしています。先ほどチーム化という話が出ましたが、これからイノベーション推進本部と研究現場はどういう関係で進めていったらよいでしょうか。現場にいる皆さんから、ご意見をうかがえればと思います。

近江谷 私はこれまでのインセンティブの仕組みを、外国企業に会う資金などに活用していました。

 今後、新しい体制の下で、例えば外国への売り込みに当たって「こういう案件があるから一緒に行きましょう」という提案に応じ、コーディネータを中心とした精鋭チームを作って対応できるようになればよいと思います。

理事長 近江谷さんは研究ユニットのイノベーションコーディネータですね。研究ユニットにも、イノベーション推進本部にもコーディネータという立場の人を配置する形にしたのは、インセンティブに値するような課題をいろいろ提案してもらい、産総研として意思決定して進めていくためなのです。そうすれば、もっとよいテーマが選定でき、加速できるのではないかと考えたからです。どんどん提案してもらいたいのです。

近江谷 新しい体制が始まったばかりです。ぜひ協力させていただきたいと思います。

野間口 有理事長の写真明渡 イノベーション推進本部への期待ですが、それぞれの研究ユニットの方針は、学問体系の枠にとらわれている面が強いと思われます。ところがブレイクスルーは、そういう枠から外れたところで生まれる可能性が高い。それを拾うために、まさにイノベーション推進本部がつくられたのだと思うのです。そういう意味では、現場の研究者のユニークなアイディアや知恵を、直接に吸い取る仕組みが必要かもしれません。イノベーション推進本部のほうから、逆に研究ユニットに問いかけるような流れもあってよいと思います。見えないところに隠れているよい種が拾えるような気がします。

理事長 アイディアを出し合う風土というのがよいですね。両方にイノベーションコーディネータがいることで、その交流、コミュニケーション、インテグレーションを進めてください。

瀬戸 テーマをうまく拾い上げて企画する仕組みをつくりたいと思って、イノベーション推進戦略の議論を進めてきましたが、その中でも検討しているところです。本日はどうもありがとうございました。


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