時計とレーザー
私たち人類は自然界に存在するさまざまな周期的現象を基に時計を作ってきました。どの時計も(1)振動子(2)基準(3)カウンターの三つの要素から成りたっています。伝統的な振り子時計では、(1)は振り子、(2)は地球の自転、(3)は振り子が振れた数を数えて時刻を示す文字盤になります。計測標準研究部門では、イッテリビウム(Yb)光格子時計という光時計を開発しました。この時計では、線幅がとても狭いレーザー光が(1)の振動子、Ybの原子が(2)の基準、光周波数コムが(3)のカウンターに対応します。
究極の“振り子”を目指して
高精度な時計の振動子に求められる条件は、振動周期が短く常に一定なことです。振り子時計の振り子は1秒間に1回振れる程度ですが、Yb光格子時計で振動子として用いるレーザーは電磁波で1秒間に約500兆回も振動します。そして1秒間の振動回数のズレを±1回以下に押さえ込むという、とても厳しい周波数安定度の高さを目標にしています。一般的に、短期の周波数安定度が高いレーザーのことを線幅が狭いレーザーといいます。
Yb光格子時計では、基準となる遷移(時計遷移)としてYb原子の1S0−3P0遷移を用います。時計遷移励起用レーザーは光共振器に対して安定化されるため、この光共振器の安定性が理想的な振動子を得るための鍵です。光共振器は2枚の鏡が一つのスペーサーを挟んで向かい合う簡単な構造をもち、光の半波長の整数倍がこれら2枚の鏡の間隔(共振器長)に等しくなる周波数が共鳴周波数になります。ですから、共振器長がわずかに変化しても共鳴周波数が変化してしまい、レーザーの周波数安定度が低下します。この研究で用いた光共振器の場合、5 Hzの変化が共振器長の約1 fm(1/1000兆 m)の変化に相当しています。つまり、1 Hz級の線幅を達成するために共振器長を1 fm以下の精度でコントロールしなくてはなりません。共振器長を変化させる最大の原因はスペーサーの熱膨張です。そのほか、地面の微小振動や音響ノイズなどが重大な影響を及ぼします。これらの外乱を徹底的に排除し、さらに、外乱の影響を受けにくい光共振器を設計して、時計遷移励起用の狭線幅レーザーが開発できました。
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| 時計遷移励起用レーザーの周波数安定化 |
成果と今後の展開
Yb光格子時計の実験で得られた測定値は2009年6月パリで開催されたメートル条約関連会議において報告され、171Ybの時計遷移周波数の推奨値として世界で初めて「メートルを実現する放射」の一つに採択されました。光格子時計のさらなる高精度化のためには、レーザーの周波数をより安定にすることが必要です。今後は、光共振器に使用される鏡の熱雑音の抑制など、新たな課題に取り組んでいきます。

保坂 一元 ほさか かずもと