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座談会:
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産総研イノベーションスクールに参加して−第1期生からのメッセージ− |
産総研は、2008年7月にポスドクをイノベーション人材として育成するため、「産総研イノベーションスクール」を開校しました。これは、産業技術の研究開発における方法論の習得や企業での実践的研究体験を通じて、広い視野や異分野の専門家とのコミュニケーション能力・協調性をもつ人材、即戦力として活躍できる人材の育成を目指すものです。2009年3月本スクール修了の際に受講生とスクール関係者の座談会を行いました。受講生にとって印象深かったこと、企業OJTの経験、スクール受講前後での自分の意識の違いなどを語ってもらいました。 |
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小野 産総研イノベーションスクールでは企業の方や研究ユニット長による講義や研修、企業の協力による実践的なOJTなど、特徴のあるカリキュラムを実施することができました。受講生の皆さん方の感想を聞かせていただきたいと思いますが、ご自身の研究の紹介と、イノベーションスクールで一番印象的なことを教えていただけますか。 イノベーションスクールで一番印象的だったこと遠藤 私は、先進製造プロセス研究部門に所属しています。イノベーションスクールの一番の印象としては、企業の方とポスドクという立場のギャップがあるのは確かだと思うのですが、自分の研究テーマの先に何がつながっているのか、今まで見えていませんでした。しかし、見えないからそれでよしとせず、考えながら進んでいくという道筋があるのだということを、企業の方と産総研の研究ユニット長の話を聞いて、少しずつわかってきたような気がします。 大木 エネルギー技術研究部門で、超伝導や燃料電池などの主にセラミックス関係の研究をしています。イノベーションスクールを受講して一番印象的なことは、「今までの行動範囲がいかに狭かったか」ということを実感したことです。このスクールによって、広い視野を手に入れたと思っています。 河合 私は太陽光発電研究センターで、太陽電池の屋内での性能評価に従事しています。今回、イノベーションスクールで一番印象に残ったのは、三菱重工業株式会社の太陽電池事業本部にOJTで行ったことです。自分が太陽電池の性能について評価をしていることについて、企業の方がどのように感じているのかを実際に伺うことができたことが最も印象に残っています。 長田 健康工学研究センターで、ナノバイオテクノロジーを応用した、臨床診断などに使われるデバイスの開発を行っています。企業OJTでの経験が非常に印象深いのですが、もう1つ、イノベーションスクールに参加した方々に出会えたことも印象的です。異分野の仲間ができたことで、自分の視点がとても広がったし、このような場を提供してくれたイノベーションスクールに感謝しております。 大橋 太陽光発電研究センターで、有機半導体を使った電気デバイスの研究をしています。今回のスクールで印象的だったことは、「得したな」ということです。私の知り合いに、似たようなビジネススクールに何十万円も払って行っている人がいるのですが、私たちはただで受けられて良かった、というのが正直な感想です。いろいろな講師のお話を聞きましたが、皆さんすごく元気があるという印象をもちました。私は今まで「元気がない」と言われることが多かったので、やはり能力とパワーは比例するのだなと思いました。 松廣 エレクトロニクス研究部門で半導体微細加工技術を応用した小型のバイオセンサーの開発に携わり、私自身は半導体プロセスの改善を行っています。一番良かったのは、さまざまな方の話が聞けたということです。実際にイノベーションを起こすときに、さまざまな知識の統合や技術の統合が一番キーとなる部分だと思いますので、今後何かをするときに役立ってくるのではないかと思います。 菅沼 私は光技術研究部門で超フレキシブル部材開発プロジェクトに携わって、有機半導体を使った電子デバイスの性能改良に取り組んでいます。このスクールで印象に残ったことは、小野スクール長が毎回後ろで聴講され、いろいろな講師の方に素朴な疑問をぶつけておられたことです。その「学ばれる姿勢」が、非常に失礼な言い方かもしれませんが、若いし、自分も頑張らなきゃ、と思いました。 岡崎 セルエンジニアリング研究部門でガラスやシリコン基板の上に人工的に脂質の二分子膜をつくり、モデル生体膜として利用する研究を行っています。一番印象的だったことは、ふだん接することができない産総研を主導する素晴らしい方々から間近で講義を受けることができ、直接話をすることで、産総研が目指しているところ、組織としてどのようなことを考えているのかという、今まで漠然としていたことについてお話を聞けたことでしょうか。 加藤 私は生物機能工学研究部門で、新しいナノカーボン材料を用いた生体試料の検出技術に関する研究を行っています。スクールの印象として、講義はもっと張りつめた形で進んでいくのかなという不安があったのですが、実際には意外とフランクな環境を提供していただいて、聞きたいことを遠慮なく聞けたことが良かったです。 居村 エレクトロニクス研究部門で、トランジスタがシリコンウエハに形成されたあとのチップ個片をいかにして高密度に接続し、トータルとして高性能を引き出すかという実装の研究をしています。 受講した一番の印象は、「産総研に来て良かった」の一言につきます。とても感謝しております。 イノベーションスクールにおける企業OJT小野 イノベーションスクールでは企業OJTが重要なポイントになっています。伊藤理事からねらいを説明していただけますか。 伊藤 OJTは難しいから、できる人だけにやってもらおう、できない人がいてもいいではないかという考え方もありましたが、「できる人だけでいい」というスクールであれば、皆さん自身も納得できないと思うし、皆さんに対して失礼だということで、全員に受けてもらうことにしました。そのために事務局やスクールのスタッフは企業にお願いして頑張ろうと企業を回りました。皆さんと私たちの両方が苦労して達成しようとしたという意味では、皆さんと私たちの合作でもあります。 小野 期間は短くて2ヶ月、長くて7ヶ月、さまざまだと思いますが、率直な感想をお聞かせいただきたいと思います。 菅沼 私は1月から2ヶ月間CASMAT(次世代半導体材料技術研究組合)に行かせていただいています。CASMATはシリコン半導体の集積回路のための配線技術を研究している、会社というよりは協同組合のような感じで、細かい基礎技術を積み重ねるようなことをされています。産総研では配線の抵抗に関する研究をしているのですが、有機エレクトロニクスは未完成で、世の中にもほとんど出ていないですし、実際にどういうアプローチをしたら実用になるかがわからないので、成熟しているシリコン半導体デバイスの組織に行き、シリコンデバイスで何が問題になっていて、どのような解決アプローチをされているのかを勉強したいと思い、行かせていただきました。 実際に行ってみますと、何か課題をいただいて、産総研にいるのと同じようにただ黙々と実験をさせられたという感じでした。CASMATでは研究の細かいことではなくて、結果オーライで、どんどん進んでいこうという形です。ただ、担当のベテランの方が、私たちとの交流を通じて、長年積み重ねてきた研究のスタンスや、シリコン半導体の産業の問題点について、食事やミーティングのときに伝えてくれました。変な言い方ですが、相手の方にとっても良かったのではないかと思うし、私がイメージしていたように企業の方から徐々に学べるようになったので良かったと思います。 企業の研究スタイルとの違いが身にしみてわかる伊藤 今のお話は、私は真実だなと思いますね。企業に行ったからといって、行動を外見的に見れば、私たちが普段やっていることとそう違っていないかもしれない。しかし、「何を考えてやっているか」「これがどうつながっていくか」という、前後左右が少し違っている。そこにいる人たちとのコミュニケーションを通じて、その前後左右が少し見えてきたということは、とてもいい体験をされたと思います。 大橋 私もCASMATに行きましたが、研究のスタイルの違いが身にしみてわかりました。とにかく研究に関する規律がものすごく厳しい。「自分の分を守る」というか、社内の自分のセクションより先はあまり知り得ない情報というように分けられていて、ほかのところには手を出さないというのが基本です。それと、責任を非常に明確にしていると感じました。これは誰々の責任のものだから、そもそも触ってはいけないというようにきっちりやられているので、非常に社会勉強になりました。
景山 CASMATは化学企業9社のコンソーシアムです。A社のサンプルの評価をした情報がもしB社に流れると大変なことになるという組織体ですから、きわめて厳密に管理をしているのだと思います。私は民間企業出身ですが、民間企業に行くと、そういう面ではまた少し緩くなる。ある事業をやろうということは、企業の中では情報はできるだけ共有化して、いいアウトプット、アウトカムにつなげようとします。ところが、コンソーシアムは悪く言えば寄り合い所帯みたいなところがあるので、そこをきちんとやっておかないと、組織自体の信頼を損なう恐れがあります。大橋さんが「違いがある」ということを理解したのは、とてもいい経験をしたと思います。 小野 言葉で言われただけでは、今のフィーリングは理解できないかもしれない。体験しないとわからないことかもしれないですね。居村さんもCASMATに行かれたのですね。 居村 私は11月から3ヶ月間、CASMATで企業OJTを受けました。最初の面接のとき、伊藤理事に「産総研のミッションもあるので難しいです」と訴えたのですが、「もっと前向きにとらえて何事にもチャレンジしていきましょう」と言われて、やるしかないと思いました。せっかく行くのだから何かしらミッションにつなげたいと思いましたし、自分や研究グループのメリットだけでなく、OJT先の企業にとってもメリットとなるようなものは何かないかとグループ長に相談しました。私の所属するグループでは高周波帯域における誘電率の測定の技術を開発しているので、CASMATで開発している最先端のLSI多層配線技術に使われる低誘電率膜の高周波帯域の誘電率測定にこの測定技術を適用することで、CASMATで開発中の低誘電率薄膜の材料やプロセスにフィードバックできないかという共同研究を提案しました。CASMATでは、共同研究ということで大歓迎され、頑張ろうと思いました。自分自身の目標をもって、しかも企業OJT に行く前に共同研究契約を結んで共同研究を行うという形でOJTを受けることになりました。おそらく今後も共同研究を継続していくと思うので、この企業OJT がきっかけとなって研究課題を行えることは、私自身や所属するグループにとっても、CASMATにとっても本当に良かったと思います。 伊藤 1つ質問ですが、社歌を歌わされた人はいますか。 河合 社歌ではないのですが、安全祈願の拝礼をしました。私は三菱重工業株式会社の太陽電池工場に行きました。今、薄膜型の太陽電池が注目されていますが、その中で積層型、2接合(タンデム型)の製造を一生懸命やっているところです。性能を上げるということで一致団結している姿を見て、「会社って、こんなに団結してすごいな」とびっくりし、いい経験になりました。 工場での生活ですが、朝8時から安全祈願の拝礼および朝礼があり、その後、各自の業務を行います。私が所属したのは品質管理チームでしたので、太陽電池膜および太陽電池モジュール製造の各工程における検査を業務としていました。製造工程が正常に動いているかどうかを判断するという最も重要な業務を担当して、とても地道な作業が要求されました。また、毎週必ず工程会議があって、そこで問題点や今後の課題について議論しますが、なるべく多くの社員が参加、発言できるようになっていました。皆が本当に一丸となって一致団結している姿を見た、それが一番の経験です。 企業にとってもOJTのメリットはある小野 産総研の研究とたいへん密接なテーマですが、OJT 先の企業にとってもメリットはあったと思いますか。 河合 はい。パネルの効率を調べる発電検査の精度がどうしても悪かった。室内で測るので疑似太陽光を使っているのですが、早くつくって評価したいということで、あまり精度を求めていませんでした。しかし、私が所属する太陽光発電研究センターの近藤センター長から「産総研の高精度で測っている話を少ししてもいいから、こちらから言ったほうがいい」というアドバイスをいただいたので、何度かアタックしたら少しずつ興味を示してくれるようになり、私たちが行っている太陽電池性能評価法を紹介したら、非常に興味をもっていただきました。でも、それは3ヶ月行ったうちの終わりの1ヶ月くらいです。こういうことはギブ&テイクでないといけないと思うのですが、こちらが得たものばかり多くて、渡せたものは少なかったかもしれないです。 景山 ギブ&テイクの5対5は理想ですが、世の中、良くも悪くもそう甘いものではないので、極論を言えば1対9でもかまわないのです。大事なことは、0でないことです。先方にそれは伝わっているはずです。 OJTの死の谷を乗り越えて感謝の気持ち
長田 私は12月から3ヶ月、東レ株式会社の先端融合研究所に行きました。結論から言うと、この企業OJTに参加させていただいて感謝しております。ただ、皆さんのお話を聞くと、私は非常に過酷なところに行ってしまったのだなという印象をもっています。 東レの研究所は1月下旬に先端研発表会という全体の発表会があって、そこで良いプレゼンテーションをすると翌年の予算が大幅につくということで、皆がそれに全力疾走の状態でした。伊藤理事から「歯車になってみろ」とご指導をたまわり、私は歯車になりきるつもりで行ったのですが、12月に企業研修が始まると、「こんな忙しいときに来てほしくなかった」という趣旨のことを言われ、お客さま状態で研修がスタートしました。ほかの受講生の皆さんは、指導員がついて、企業のやり方やルール、どういう実験をするのかを最初に習ったかもしれないのですが、そういうものは全くなく、「うちではこういうことをやっていて、こういうことをしたい。博士(号)、もっているのでしょう?あとは自分で考えてよ」ということで、右も左もわからない状態で、まず人をつかまえて社内のルールなど聞くところから始めました。しかも研究内容は、私は分析化学専門なのですが、有機化学の反応機構をバリバリ書いて実験を進めるような、専門とは真反対の困難な仕事でした。 東レの方たちはとても良い方々なのですが、社風として四角四面というか、決まりが厳しいところがあります。私は東レの規則でPCをネットワーク(LAN)につなぐこともできず、イノベーションスクール事務局から貸与されたLANカードをもっていったのですが、運悪く先端融合研究所は谷間にあったので、メールくらいしか見ることができないような通信状態の悪さでした。図書館も遠く、インターネットで検索することもできず、情報を調べる方法がない過酷な状況で、十数年前学部時代に習った有機反応の知識を頭の片隅から引っ張り出して実験計画を立てるしかない状況でした。なけなしの知識で実験計画を立ててアプライするのですが、「コスト的に合わない」とどんどんはねつけられました。 1ヶ月くらい非常につらい時期を過ごしていたのですが、「これでいけるかも」という案がやっと通って、初めて実験室に入れてもらいました。そこで非常に運が良かったことは、当初3ヶ月間で予定していたコアなデータを2日間でとることができました。運よくデータが出たおかげで、少しずつ信頼を得ることができ、少しずつうまく回り始めました。研修終了直前には、声をかけていただき、先端研全体に向けて発表する機会を与えていただきました。たいへんつらいところから出発しましたが、最後に所長からお褒めの言葉をいただいたとき、「ああ、頑張ってきて良かった」と思い、「専門外の分野でも努力次第で切り拓いていけるんだ」と、最終的には自信になって帰ってきました。とても有意義な経験をしたと思います。企業研修に行かせていただいたイノベーションスクールや東レ社員の皆さま、その他支えてくださった方々に感謝しております。 伊藤 まさに悪夢を経験して、死の谷を乗り越えたのですね。 長田 はい、OJTの死の谷と電波状態の死の谷を。 景山 企業に行ったら「ドクターだから、君、このくらい当たり前だろう」というこのセンスは、企業経験者から言えば、全くそのとおりです。明日からでも自立して研究のプランを立てるくらいのことが期待値なのです。そういう意味でも、つらかった面もあったようですね。 長田 ありました。やはり第1期生ということと、産総研の名前を汚してはいけないという、この2つが重責になって、ここで折れてはいけないと頑張りました。 伊藤 皆さん方、顔つきや話し方もしっかりして変わったと思います。長田さんは面接のときは、自信がなさそうな感じで、私もちょっと心配していたのですが、顔色もいいし、パワーが感じられます。イノベーションを起こしたんですね。うれしいですね。 OJT を受ける心構えによって企業側の接し方も変わる小野 バイオ系ということで、協和メデックス株式会社に2人行かれましたが、岡崎さんはいかがでしたか。
岡崎 ハッピーな話があったあとですが、少々ネガティブな話も。私はイノベーションスクールの企業OJTに行った最初の人間で、今もまだOJT を続けています。率直な印象として、最初はお客さまでした。今もたぶんお客さまなのですが、やはり情報がそれほど共有できない環境で、どのように研究プロジェクトが進んでいるか全体を見ることができない。ミーティングに参加できないので、歯車になりきれない。もっといろいろやりたいけれども、そこまでやってはいけないのではないかとか、聞いてはいけないのではないかとか、そういった線引きが強かったです。 OJTに参加する前の意思表示も大事だと思います。企業OJTで何を学びたいのか、就職を希望しているのかなど意思をあらかじめ明確に伝えるべきだと思います。「何を目的にしているかによって、企業側の接し方も変わってくる」という言葉も企業からいただいていますので、来年のスクールでは、この反省点が生きればいいなと思います。 もちろん、より良い研修となるようにたいへんよくしていただき感謝しております。上市間近な製品開発、初期の検討、製造におけるプロセスなど、見せてもらえる限りのものは見せていただき、本当に勉強になりました。それに対して自分が何をアウトプットできたかというと、労働力としての貢献は多少はあるのかなと思います。あとはちょっとしたディスカッションの中で、「企業での研究の進め方、考え方とは違うね」というコミュニケーションをとれた感じはあります。 「面白いけど、すぐ使えないよね」という言葉で知った研究のギャップから次の行動へ加藤 私も協和メデックス株式会社で、岡崎さんと違う部署に今も所属しています。仕事は、糖尿病診断薬の開発です。糖尿病診断薬に必要な生体物質を探索する評価系の構築に携わることができました。この分野では全くの素人なのですが、素人なりに考えて取り組みました。十分に満足してくれているかどうかはわかりませんが、そのテーマが来年度も続行されるとのことで安心しました。 せっかく自社の機器開発部のある現場に行くのだから、そういった他部署も見たいと希望し、実際に糖尿病を測る機器を開発している現場に2日間お邪魔しました。自社製品の性能評価は病院での高精度の測定を保証する上で必要不可欠な過程です。非常にシビアな側面でしたが、自分の血を採血しながら(ボランティア採血)、そういった側面も経験できたことが良かったです。 もう1つ、産総研での研究を発表する機会がありました。協和メデックスでは診断医薬の開発ですが、産総研での研究はそういった診断薬で必要不可欠な検出技術を開発するというフェーズなので双方の研究は意外と近いのです。ただ、自分の研究を紹介したあとに、「面白いけど、すぐ使えないよね」と言われ、今、自分が取り組んでいることと、社会が求めているフェーズにギャップがあることを強く感じました。しかし、そこで次に行動を移せないわけではなくて、現場の共有から感じ取った方向に研究を進めていくこともできると思うのです。今、産総研の上司に「こういうことをやらないと会社は見向きしてくれないから、こういう方向性も欲しい」と話したところ、理解してくださり、新しいテーマを立ち上げて行く予定です。 伊藤 岡崎さんが何となくお客さん扱いされていると言われましたが、それもたぶん、会社は誠心誠意、大事にしているという1つのやり方なのですね。組織というのは、結局、人間対人間の関係で決まっていくわけですし、会社の人ほど、人間のやる気とか、真面目さとか、真摯(しんし)な訴えを聞くところだと想像するし、そういうことを正しく受け止めてくれる可能性があります。それに協和メデックスはこのイノベーションスクールに一番協力的です。 加藤 再来週ですが、2人から「協和メデックスへの提言」という場を設けてもらっています。 企業を肌で知る貴重な体験大木 私は10月から住友電気工業株式会社の大阪製作所で研修を受けていますが、行く前に、企業とはこういうところだろうなと話を聞いて、いろいろ想像はしていたのですが、聞くと行くとでは全く違い、「肌で感じる」を実感しました。 研修先では超伝導線材の開発研究を行っているのですが、企業側として産総研との話し合いに参加させていただく機会がありました。今までは「企業の人は、なぜあのようなことを言うのだろう」と思うこともありましたが、今ではその気持ちが理解できるようになりました。“研究”という同じ名前がついているのですが、その感覚が全く違って、産総研は「面白いこと」や「初めての発見」に重きを置きますが、企業は「すぐ使える技術」という、“すぐ”、“コスト”、“現実的”であることが重要です。「面白いから」だけで、使えないものには興味はもたないという感覚は、今ではわかるような気がします。そのような感覚を身につけられたのが良かったなと思います。
小野 まさに企業が言っていることがわかるという、そこが私たちが一番ねらっていたところですし、日本で求められているのはそのような人材だと思います。 景山 翻訳家ですね。同じものを対象にして言っているのだけれども、企業と産総研は見ている角度が違っている、それをうまく翻訳するとコラボレーションがうまくつながる可能性は結構あります。それから、企業の価値観と産総研の価値観がこんなにも違うと感じることは、私はたいへん大事なことだと思います。大木さんが「聞くと行くとではこんなに違う」と言っていましたが、昔から百聞は一見にしかずと言うでしょう。百見は一考にしかず、さらに百考は一行にしかず、なのです。 小野 企業での研究経験がある遠藤さん、感想を一言お願いできますか。 遠藤 企業の社員として働いているとき、たまたま周りの人が学部卒で、私は修士だったので、最初から「おまえ、修士なんだから、学卒より使えるはずだね。グループ内でトップをとらなければだめだよ」という感じで見られて、その時点で競争させられます。自分なりの結果を出すためには、自分からアピールをしていかないとなかなか難しい。ある程度そういう形をつくってから、自分の仕事を終わらせるために残業して、最後の最後でちょっとだけ自分の興味のあることに手をつけると、上からバンバン叩(たた)かれる。それでも手を出し続けると上司が最後に、「おまえ、やっていいよ」。そういう形で私は仕事を進めていました。研究も同じで、自分の研究をまじめにやることは当然ですが、自分に余力があったら何かをして、それをまた吸収していくというように少しずつ手を出して吸収していくのも大事だと思います。でも皆さんの話を聞いて、自分もOJTをやってみたかったと感じました。 イノベーションスクールの発想は、能力が深く関心が広い人材をつくること小野 イノベーションスクールの講義は11回ありまして、午前・午後と長丁場で大変でしたが、受けた感想はいかがでしょうか。 大木 スクールの講義や『Synthesiology』で「構成」という概念を知って、今までは論文や雑誌を見ても、技術だけに興味がいっていたのですが、「構成」という観点から見たり、広い視点でものを見られるようになったのは良かったと思います。 伊藤 講師陣のリストを見ると、イノベーションスクールがいかにぜいたくに講師を揃(そろ)えて、皆さんに存分に提供したかということがわかっていただけると思います。講師陣に対するフィロソフィーがありますので、理事長から。 吉川 私自身の経験でもそうなのだけれども、研究をやっていると非常に狭くなってくるし、ドクター論文はかなり狭くなってくる。大学でやる研究というのは狭くないと深くないから、評価される研究者になれないという仕組みがあるわけです。もちろん1つの問題を深くやるというのは大事なことで、それは「究める」ということですね。
全体的な傾向として、深く研究すればするほど関心が狭くなってしまう人が多いわけですが、能力が深くても、世の中がどうなっているかという関心が広くなければいけないと思うのです。それは大学でドクター論文を書く過程ではなかなか身につかないのですが、産総研は第2種基礎研究や本格研究という、非常に多くの分野の人が研究しているところですから、視野を広げ、幅広い関心をもつためにたいへんいい環境があります。しかし、研究だけではまた狭くなってしまう可能性があるので、イノベーションスクールをつくろうというのが、そもそもの発想だったのです。 お話を伺い、皆さんがそれをうまく吸収してくれたと思うし、OJTで違う世界があるのだということを感じたことは本当に良かったと思います。イノベーションスクールというやり方は、今日の話を聞いてますます私は自信を強めましたが、社会的にいっても面白い試みだという評価があるのです。その第1期生としての皆さんには、非常に大きな仕事をしていただいたと思います。苦心しながら、上司とやりあったりしたのでしょうけど、そのことが非常に大きな歴史をつくってきた。 そういうことを大学の先生は知らない。もちろんそういうことがわかった人であれば、大学の先生だっていいのですが、最初に来て、皆さんを狭くする危険性があるという恐怖の念があったのですね。苦労した人たちが講師にならないとイノベーションスクールの本質が展開できない、そういうことだったのです。 講師からのキーワードで視点を変えた発想を展開居村 私は、講師の方々からいただいたキーワードが、自分の研究をやっている中でとても密接にかかわってくる場面を多く経験しました。私はある委員会で「電子デバイスを環境にどのように活かせるか」について議論したことがあったのですが、“生物多様性”というキーワードに対して、電子デバイスはどういう貢献ができて、どういう役割ができるのかということをロードマップで書かないといけなかったので、たいへん悩みました。経済産業省のロードマップに電子デバイスの発展で「安全・安心な社会につなげる」と書かれていますが、生物多様性、生態系の保持という役割はほとんど書かれていません。そのとき、トヨタ自動車株式会社の方が紹介されたPDCAサイクルを環境に対して適用し、電子デバイスをフル活用して、生態系のモニタリングを行うことで安全・安心な社会につなげることを図式化しようと考えることができました。このイノベーションスクールに入っていなかったら、委員会でそういう考え方を発表したり、ディスカッションしたりできなかったと思います。視点をいろいろ変えて見ることはとても大事だと思いますし、とにかくディスカッションが必要だと感じました。 吉川 異分野の人とディスカッションができることが大事ですね。それができるようになったとすれば、大進歩だと思います。 小野 講師には、いろいろな分野での研究開発の考え方、やり方、世の中の見方、経営層の考え方などを語っていただくようあらかじめお願いしてありまして、ここは成功したかなと思っているのですが、ほかの方はいかがでしょうか。 イノベーションスクールは自分にとって1つの指針に遠藤 産総研での研究を通して、自分が思っている研究のフェーズというのがあって、それよりもはるかに遠いところに実用化があるので、死の谷は15年から20年のスパンがあると思います。それを乗り越えるには、1人だけではもちろん無理ですし、15年間、持続してその谷を乗り越えるための力が必要になります。イノベーションスクールで話を聞いたり、議論することによって、この先に自分がどういうふうに進んでいけば良いのか、1つの指針になったのかなと思います。 伊藤 死の谷とか悪夢というのは1つの比喩(ひゆ)で、その中にも楽しいことは結構あるのです。その楽しいことを皆さん自身が意識して、設計して、物事を楽しくしていくということがその時期を生き延びるコツで、そのための技術をこのイノベーションスクールでいろいろ得てほしいと思っています。「人をうまく丸め込む」と言うと言葉は悪いですが、「その気にさせる」ということも大事な技術ですし、そのためには自信満々にプレゼンテーションしなければいけないし、理論武装をしなければいけない。だから、イノベーションとは、いかに死の谷を豊かなものにしていくかということなのです。 吉川 私はそのことを非常に気にしていたわけです。企業が1つの技術を30年かけて実現したというとき、おそらく何百人もの人が出入りしているし、企業が投資し続けたということですから、1人1人にとっては悪夢でも何でもない。しかし、1人の研究者が30年耐えるというのは大変なことです。悪夢というのは、むしろ研究所や大学などの1人の研究者にとって悪夢なのです。ニュートンは25歳のときにたくさんの疑問をノートに書いています。『プリンキピア』を書いたのは45歳ですから、そこまでに20年たっているわけですが、その間、彼は少しずつ別の論文を書いている。ああいう研究は論文が常時書けるから、悪夢にならない。だけれども、第2種基礎研究は論文にならないから悪夢になってしまうわけです。でも、今や『Synthesiology』に書いていればいいわけで、過ごし方が楽しくなった、とも言えますね。途中でものにならなくても、どういうふうに考えたからうまくいかなかった、というのを論文として受け付けようと。失敗してもいいんですね。別に大成功したのだけを論文にしようというのではないわけですから、いろいろな領域の知識を集めてみたら、こういうことが結果として得られた、製品にはまだ何歩もあるけれども、具体的な知識が新しくできた、これが論文ですね。そういう作業がずっとできるようになったんです。ですから、心配はもういらなくなったでしょう。 居村 根本に返りまして、私はエジソンが好きなのですが、第2種基礎研究というのは、エジソンがやっていたのではないかというのを非常に感じました。例えば、電話ですと、ベルとグレイが電話の発明者としてたいへん重要ですが、電話もエジソンじゃないの、という方がよくいらっしゃいます。科学史の中でも、エジソンはこういった研究をやっていた第1人者で、非常に優れた人ではないかなと思い直しながら理事長のお話を聞いていました。 吉川 私の友人たちがグループになって技術の歴史を書いたときに、エジソンは入っていないんです。それは、エジソンというのは研究者ではないと見られていた。私はけしからん、エジソンを入れると言ってエジソンを入れたんですが、エジソンの問題点は、ものをつくったけれども、その記録を残していないわけでしょう。論文になっていない。『Synthesiology』があれば書いたんでしょうけど(笑)。ものをつくった結果を発表する、受け付ける学会がなかったわけですね。ですから、エジソンに学ぼうとしても非常に学びにくい。何月何日、何をしたという話だけしかないわけです。ヴィリエ・ド・リラダンという人が小説を書くのですが、小説のタネになる人なんです。本当に研究者としてどういうふうに思考したのかということがわからない人なんですね。 だから、私もエジソンを尊敬しているんだけれども、『Synthesiology』がなかったのが残念だなと思って(笑)。 小野 皆さんから忌憚(きたん)ないご意見をいろいろいただきました。来年度のスクールにつなげていきたいと思います。いろいろありがとうございました。 (2009年3月7日) |