独立行政法人産業技術総合研究所
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本格研究ワークショップより
本格研究
 理念から実践へ
角度標準の開発における本格研究
[ PDF:1.0MB

角度標準を搭載したロータリエンコーダ


渡部 司の写真

1993年東北大学博士(理学)、米国NISTの客員研究員後、1998年に工業技術院計量研究所に入所。それまでの物性研究から転身し計量標準の世界へ。NEDOプロジェクトリーダーとして、アセアン諸国に自己校正機能付きロータリエンコーダを用いた新しい角度標準器の普及とともに角度の世界標準を目指しています。

渡部 司(わたなべ つかさ)
計測標準研究部門
長さ計測科 幾何標準研究室


角度標準の立ち上げ

 社会に計量標準を供給するためには、国の基準となる国家標準器を開発し、それを頂点とした計量のトレーサビリティ体系が必要となります。旧計量研究所でも1997年から角度の国家標準器の開発に着手することになり、翌年入所した私はそのプロジェクトの一員になりました。一般に標準器は、校正対象となる計測機と比較するため、より高精度であることが要求されます。つまり、国家標準器となると超高精度であることが必要となります。メートル条約加盟から100年を越えるわが国の計量標準の歴史の中で、長さ標準はメートル原器やランプ、レーザーと世界が同一歩調で進歩してきたのに比べて、角度標準はまったくの“無法地帯”であり、統一した国家標準器の形態がありませんでした。アメリカは超高精度な角度割出し台、ドイツは超高精度なロータリエンコーダ、カナダは角度干渉計を国家標準器としています。

 私たちも多種多様な角度計測器から1つを選ぶ必要があり、最終的に角度計測器の中で最も世の中に普及しているロータリエンコーダを選びました。ロータリエンコーダは360度の分度器のような目盛盤とその目盛り位置を検出するセンサーからなり、多いものでは一周20万点以上の角度信号を出力します。ロボットの腕関節の角度制御や身近なところではプリンターの紙送りローラーの角度制御にも用いられています。

 もう1つ選んだものがあります。実は、この選択が私たちの研究開発の最大のキーポイントとなります。それは「装置の超高精度化」ではなく、「高度な校正方法による超高精度化」技術を採用した点でした。「装置の超高精度化」は往々にして装置構造の複雑性と特殊性を持ち、そのため莫大な開発コストと維持管理の困難さから、他国がまねのできない装置になってしまいます。それが統一した角度の国家標準器の形態がない要因となっていました。「高度な校正方法による超高精度化」とは「角度の等方性」、「360度の閉じた系」であることを基本原理にした自己校正法です。高精度ロータリエンコーダを必要とせず、校正されていない2つのロータリエンコーダを自己校正法に基づいて測定すると、測定値から両方のエンコーダの誤差を分離して算出することができる方法です。つまり、国家標準器の内部には、校正されていないロータリエンコーダが入っていて、校正したい外部エンコーダを取り付けて自己校正の測定を行うと、内部も外部も同時に校正できてしまいます。

角度標準の普及

 いくつかの自己校正方法を研究する中で等分割平均法にめぐり合います。この等分割平均法の等方性と原理のシンプルさが、日本の角度標準の発展を加速させました。私たちは、第2種基礎研究である装置開発を、結果的に約2年の短期間で実行し、世界最高精度の0.01秒の不確かさを達成することができました。これでトレーサビリティ体系の頂点である国家標準器が設置され、ロータリエンコーダ(校正事業者の2次標準器)の校正サービスが可能になったのです。本来はこれで本格研究は完了なのですが、実際はこれからが大変でした。

必要は本格研究の母

 ユーザーの声(1):低価格化

 トレーサビリティを確保した標準供給は、下の階層の2次標準器をもった校正事業者が立ち上がらないとユーザーの機器を校正できません。しかし、校正事業者からの声は「国家標準器と同等な装置を開発または購入するには費用が高すぎるため導入できない」というものでした。

 第2種基礎研究からの再スタートです。装置開発に戻り、約2年をかけて国家標準器のオーバースペックを洗い出し、最低限の部品を用いて約5分の1の価格でまったく同等性能の校正装置を開発することができました。

 ユーザーの声(2):多様化

 校正事業者により、この低価格の装置が導入され、これで私たちの研究は終了かといいますとそうは行きませんでした。今度は「ロータリエンコーダばかりでなく、その他の角度計測器もトレーサビリティ体系に取り入れてほしい」という要求です。

 そのため周辺機器を改良し、ポリゴン鏡、角度ゲージ、オートコリメータや角度割出し台などの校正がこのロータリエンコーダ自己校正装置1台でできるように改良しました。

 ユーザーの声(3):自己校正機能内蔵

 最も恐れていた要求が次第に大きくなってきました。「ロータリエンコーダは目盛り誤差ばかりでなく、取り付け誤差も大きく、装置に組み込んだ状態で校正してほしい」という依頼です。

 これは、もう無茶な要求です。奥の奥に隠れているエンコーダなのですから。しかし、その声は意外に多いのです。ある時、ふと発表に用いた自己校正原理の絵を見ていると、2台のロータリエンコーダが重なったように見えました。これをヒントに、1台のロータリエンコーダで自己校正が可能な「自己校正機能付きロータリエンコーダ」を思いつきました。それは新たな第1種基礎研究の始まりでした。現在、この「自己校正機能付きロータリエンコーダ」はさまざまな回転測定や制御用に使われはじめています。

図

角度トレーサビリティ体系確立における本格研究

ユーザーイノベーション

 一般にイノベーションとは、優れた発明家や研究者が考え出した画期的成果が、世の中に変革を起こす現象ですが、私が携わってきた研究を振り返ると、どちらかというと世の中の声(期待や要望)がドライビングフォースとなり、新しい研究や発明が誘導されるといった逆方向からのイノベーションであったのではないかと思います。この状況をユーザーイノベーションと呼ぶらしいのですが、期待された変革のゴールがあっての研究成果は、世の中に普及、浸透する速度も速く産総研の研究スタイルにマッチしているのではないかと思います。ユーザーの声に耳を傾けることにより、そこに研究のシーズの発見がなされ、第1種基礎研究や第2種基礎研究から始まる新しい本格研究がスタートする継続的本格研究の発展が可能なのではないかと思います。

 最後に、角度校正に使われている自己校正法は、一段高精度な標準が無くても高精度に校正することができます。この自己校正機能を持ったロータリエンコーダは、国家標準器を搭載しているとも考えられます。角度の自己校正法はまさに天から贈られた標準であり、さらに天声人語(天に声あり、人をして語らしむ)を大事にすることで角度の継続的本格研究の発展を心がけていきたいと思っています。

図

角度標準とユーザーイノベーション


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