独立行政法人産業技術総合研究所
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本格研究 理念から実践へ
製品化研究を繰り返しながら技術完成度を高める本格研究

人体モデルが健康とファッションをつなぐ


持丸 正明の写真

サービス産業に駆動された膨大な人間機能データの蓄積、それに基づく生成的な人間機能モデルの開発と産業応用に関心を持っています。さまざまなセンサが社会に散らばり、実験室では得られなかった膨大な人間機能データが蓄積できるようになってきました。これらのデータに基づいて、いままで手のつけられてこなかった人間機能の個人差や状況差も解明できるようになると考えています。

持丸 正明(もちまる まさあき)
デジタルヒューマン研究センター
副研究センター長


人体モデルが健康とファッションをつなぐ

 メタボリックシンドロームが騒がれるようになり、個人の健康への関心、とりわけ自分の体形への関心が高まっています。そこで、フィットネスクラブなどで定期的に体形などの人間特性データを計測し、そのデータに基づいて個人に適した健康改善プログラムを提供するとともに、体形変化を動機付けとして健康改善プログラムを持続させるサービスが始まっています。体形データは健康プログラムだけでなく、個人の体形に適合した製品を作る・選ぶというオンデマンドファッションサービスに活用できます。

 私たちは、このような健康管理・ファッションサービスの核となる人体モデルの研究をしています。人の体を測り、それをモデル化して統計処理し、ものづくりに活かす技術です。

 私たちが共同開発した足形状計測装置は約250台が世界中のショップで稼動しており、靴選びや個別対応インソールの提供に使われています。店舗で計測したデータの共有も始まっています。また、2007年度からは、全身形状計測装置、健康管理サービス、オンデマンドファッションサービス、データベース管理を手がける企業群とコンソーシアムを形成し、人体データベースを中核として健康サービスとファッションサービスとを連携・循環させる実証研究もスタートします。

20世紀初頭の生物学の本に着想を得て

 同僚の形質人類学者が、D'arcy W. Thompsonが1917年に著した「On Growth and Form」という本から着想を得たのがこの研究の始まりでした。ここには、トラフグの周りに設定した格子を変形させることで、トラフグがマンボウになると言うイメージが記されていました(図1)。

 これをみて、人間の体の個人差を格子の変形で記述できないか、そうすれば体形の違いを定式化でき、さらには体形に合わせて製品形状まで変形・設計できるかも知れない、と考えたのです(図2)。

 Thompsonの2次元の模式図を3次元の人体に適用するために、人の体の3次元形状を測る技術、そのデータに解剖学的な情報を付加してどの個人も同一のデータ点数・同一の位相幾何構造を持つ人体モデル(人体相同モデル)として表現する技術を開発しました。2つの人体相同モデルを相互に変形するための空間歪格子を計算する技術もできあがりました。

図1 図2

図1 トラフグがマンボウになる

図2 体形に合わせて製品形状まで変形・設計

製品化研究を繰り返しながら死の谷に橋を架ける

 この時点で、私たちの研究は「足のかたちの個人差を空間歪格子を用いて分析し、それを靴設計に活かす」という筋書きを持っていましたが、私たちが靴を作れるわけでもなく、絵に描いた餅でした。

 米国ナイキ社がこの技術に目をつけ、共同研究をスタートしたあたりから風向きが変わりました。米国人の平均足形状と日本人の平均足形状の差を空間歪格子として定式化し、米国人向けに設計されていたシューズを日本人向けに再設計するために役立てられました。

 足の形状モデルからスタートした研究は、この後、胴体部や頭部を対象とした研究に展開し、衣服設計用の人台や適合性の高いメガネフレーム、ガスマスクとして製品化されました。このような個々の製品化研究を通じて、人体相同モデルの技術や体形データの統計処理技術、検索技術の完成度を高めていきました。実用レベルに達した人体相同モデリングソフトウェア(HBM: Homologous Body Modeling)と、人体形状統計処理ソフトウェア(HBS: Human Body Statistica)は、産総研の著作物として企業にライセンシングされています。

 技術の完成度が高まるとともに、シナリオも骨太になり、最初に述べたような健康からファッションまでを連結するサービスビジネスに発展したのです(図3)。

 本格研究は、社会的意義のあるシナリオがあり、それに基づいて核となる科学技術を統合することで死の谷を克服して、社会に貢献する「製品」に至る研究プロセスです。ただ、私たちは、はじめから大きなシナリオを描いていたわけでもなく、また、他者に提供できるほど完成度の高いソフトウェア技術を持っていたわけでもありません。個々の製品化研究を繰り返しながら、シナリオを骨太にし、技術の完成度を高めていきました。

 死の谷を越えるのに、技術統合でいきなり大きな橋を架けるのではなく、最初はとにかく(手漕ぎボードでもなんでも、1人きりでも)谷を越え、小さなロープを谷に渡して、それをたぐって大きなロープを引き寄せ、徐々に橋を造っていくような、そんなプロセスで本格研究を進めてきたように感じています。

図3

図3 健康からファッションまでを連結するサービス循環

ものづくりからサービスへ

 私たちの研究は、人体形状に適合するものづくりからスタートしました。しかし、実際に製品化研究をしてみると、顧客集団の個人差を効率的にカバーするサイズ展開(ものづくり)だけでなく、サイズ選択肢を顧客個人に適切に選択させる販売技術(サービス)もあわせて研究する必要があると分かりました。

 いつでも、どこでも、誰にでも適合するように製品を設計する「ものづくり」と、いまだけ、ここだけ、貴方だけにピタリと適合する選択肢を推奨する「サービス」。ものづくりとサービスを連携・循環させて「人にやさしい」製品を届けるために、人体モデル−デジタルヒューマン技術が役立っていくと考えています。


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