イムノブロット法の現状
抗体を用いて狙ったタンパク質を検出するイムノブロット法は、開発されてすでに20年以上になるが、現在でも分子生物学や医学の分野において、細胞や組織中のタンパク質を検出する主要な方法である。特にゲノムの機能解析や全タンパク質(プロテオミクス)解析におけるマイクロアレイ技術の基本となる方法の1つである。イムノブロット法は幅広く長い間利用されているにもかかわらず、技術的に大きな改善はなされておらず、次のような問題点がある。1.定量性に欠ける、2.操作工程が煩雑で長時間かかる、3.再現性に乏しい、4.微量のタンパク質を検出するには感度が低すぎる、5.細胞溶解液から直接に検出できない、6.タンパク質の沈殿・濃縮などの前処理を必要とする、などである。
新規量子ドットの開発
量子ドットは、無機半導体材料でできた数nm(ナノメートル)の粒子で、紫外線を照射すると強い蛍光を出すことから、バイオイメージング、バイオ計測、光増感剤などの光学材料として注目を集め、熾烈な研究開発競争が展開されている。その中でわれわれは、高い発光性、有効なサイズ分布、優れた光化学的安定性、非凝集性、非点滅現象などの特性を併せ持つ優れた量子ドットの調製に成功した。
量子ドットのイムノブロットへの応用
合成した量子ドットは、セレン化カドミウム(CdSe)という材料で、直径はわずか3〜6nmである(図1)。これに紫外線を照射すると、それぞれのサイズに応じて鮮やかな青色から赤色の蛍光を発する(図2)。そして蛍光スペクトル(図3)も非常にシャープである。
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図1 合成した量子ドットの高分解透過型電子顕微鏡写真
今回合成した量子ドットのうち、サイズが3nmのものを示す。
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図2 量子ドットが発する蛍光
サイズが小さい(2nm)と青色の蛍光を発し、3nmでは緑色、4nmでは黄色、サイズが大きい(5nm)と赤色の蛍光を発する。励起波長は365nm。
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われわれは、まず量子ドットにさまざまな生体分子を結合させる技術を開発し、これを利用してタンパク質アビジンや生体分子ビオチンと量子ドットを結合した材料を合成した(図4)。次に、この材料をビオチンで標識した抗体と組み合わせて、イムノブロット法に応用した。
この方法により、細胞分裂にかかわるTelomeric Binding Factor (TRF1、56kDa)とTRF1-interacting nuclear Protein 2(Tin2、40kDa)の2種類のタンパク質の検出を行なった。これらは慢性骨髄性白血病細胞に90%以上の割合で発現しているが、ごくわずかにしか存在しないタンパク質である。比較のため、従来の化学発光を用いたイムノブロット法も行なった。
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図4 アビジンおよびビオチンを結合した量子ドットの模式図
左:量子ドット-アビジン
右:量子ドット-ビオチン
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その結果、従来のイムノブロット法では検出できなかった(図5A2)微量タンパク質を、量子ドットを使用したイムノブロット法では高感度に検出できることがわかった(図5B2)。
さらに、量子ドットの蛍光は、市販の蛍光測定装置で連続測定した場合でも約40分間は安定であり、解析や検出データの取得にも適していることが分かった。また、4℃で遮光しておけば、蛍光シグナルに大きな変化は見られず、数週間は安定であった。
これらの結果は、量子ドットを用いた“サンドイッチタイプ”イムノブロット法が微量タンパク質を検出する技術として、従来のイムノブロット法よりも優れていることを示している。
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図5 細胞中に存在する微量タンパク質(TRF1、Tin2)の検出
左:従来のイムノブロット法 A1;スキーム、A2;TRF1およびTin2のバンド
右:量子ドット使用イムノブロット法 B1;スキーム、B2;TRF1およびTin2のバンド
番号は各タンパク質量に相当する量の白血病細胞株K562細胞溶菌液
1:10µg、2:20µg、3:30µg、4:40µg、5:50µg。
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今後の展開
名古屋大学応用化学科(馬場嘉信教授)との共同研究で、この量子ドットイムノブロット法を、マイクロチップ電気泳動による天然タンパク質の検出と同定を行なうためのチップの開発に応用する予定である。また、醸造・発酵を含めた食品製造プロセスで生成したり侵入したりする望ましくない菌類や異物を特異的に標識する量子ドットの表面処理技術を開発し、最適なプロセス管理を行なうための評価技術にも応用する予定である。