生命科学の分野では、90年代に始まったゲノムミクス解析やプロテオミクス解析という網羅的な手法によって、細胞内にある生体分子群のライブラリーが完成しつつある。そして今、このライブラリーの個々の分子の挙動をイメージング(可視化)する動きが加速している。イメージングする対象の一つとして、個々のタンパク質の遺伝子レベルでの発現解析がある。細胞では、外的な刺激に対して速やかに、あるいはゆっくりと応答して、複数の遺伝子発現が調節され、個々のタンパク質が作られるのである。
これまでも、一定時間における特定遺伝子の発現量を検出する手段として、ホタルの発光タンパク質(ルシフェラーゼ)を用いた分析法があった。しかし、これは発光の量に着目する技術で、情報数は一つに限定されていた。われわれは、発光色の異なる甲虫(ホタルは甲虫の一種)のルシフェラーゼを自由に扱うことに成功し、発光色の異なるルシフェラーゼを利用して、複数の遺伝子発現を解析する「マルチ遺伝子発現解析システム」を開発した。さらに東洋ビーネット株式会社、東洋紡績株式会社と共同でその製品化を進め、平成16年4月から市場に出した。われわれが開発したシステムによって、複数の特定遺伝子の発現が同時に解析できるようになり、この技術は創薬開発や細胞毒性評価などの現場で活かされてている。
マルチ遺伝子発現解析システムの開発
この技術の原点となる甲虫は鉄道虫と呼ばれている。鉄道虫は、南米ブラジルのサンパウロから内陸部にかけて棲息する発光甲虫で、その光る姿が列車のように見えることから鉄道虫と呼ばれている(図1)。われわれは1998年に、鉄道虫の赤色と緑色のルシフェラーゼのクローニング、さらに橙色のルシフェラーゼ変異体の作製に成功し、実用化を進めた。大きな問題は、鉄道虫のルシフェラーゼは大腸菌では発現するが、哺乳類での発現は安定しない点であった。しかし遺伝子のコドンの改変などを行い、哺乳類細胞での安定な発現に成功した。
一方、われわれはアトー株式会社の赤、橙、緑3色の発光を分割して定量するルミノメーター(発光計測装置)の製品化を支援、3色の発光タンパク質によるマルチ遺伝子発現解析法を確立した。この方法の概略は、測定対象である3つのタンパク質の遺伝子上にあるプロモーター領域(遺伝子発現を制御する配列)を3色のルシフェラーゼ遺伝子の上流に挿入、ターゲットとなる遺伝子の発現状況に応じて3色のルシフェラーゼが合成されるので、それぞれの発光量を測定することによって、3つの遺伝子の発現量を同時に定量するものである。
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図1 南米産鉄道虫の発光 |
マルチ遺伝子発現解析システムの検証
このマルチ遺伝子発現解析法を、体内時計の解析によって検証した。哺乳類細胞では、Per、Bmal1、Clockなどの複数の時計遺伝子の発現とそのタンパク産物によるフィードバックループが体内時計を制御しているので、それら複数の遺伝子産物の動きを同時に定量的に解析する必要がある。赤色ルシフェラーゼの上流にBmal1プロモーター内の転写活性因子結合部位のRORE配列を、また橙色ルシフェラーゼの上流にはオリジナル配列であるBmal1プロモーター領域を挿入した。一方、定常的な遺伝子発現を誘導するSV40プロモーター配列を挿入した緑色ルシフェラーゼを内部標準とした。Bmal1の転写活性を促進する因子であるRORα4タンパク質を共発現させた場合、RORα4量に依存してBmal1の発現が促進されるのに対して、RORE配列のみでは十分に発現が促進されないなど、遺伝子配列の違いによって遺伝子の発現する情報が変化することを同時に測定、直接比較できる(図2)。
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図2 mRORαによるBmal1プロモーターおよびROREの転写活性化の同時測定 |
また、マルチ遺伝子発現解析は生きた細胞内での遺伝子発現を観察する手段としても有用である。図3はPer2プロモーター配列を赤色ルシフェラーゼの上流に、またBmal1プロモーター領域を緑色ルシフェラーゼの上流に挿入したベクターをRat-1細胞に一過的に導入し、細胞をデキサメタゾンという薬剤(個々の細胞の時計遺伝子を同調させる)で処理した後、2つの転写活性を120時間にわたって、アトー株式会社製のクロノス(体内時計連続測定用ルミノメーター)で測定した例である。24時間周期で転写活性が変化し、Per、Bmal1遺伝子間に約12時間の位相のずれがあることがわかる。
このように、マルチ遺伝子発現解析システムによって、従来、煩雑な操作で得ていた細胞内の遺伝子発現の情報を、単純な操作で、しかも生きた細胞でも同時に複数得ることができることになった。その応用範囲は、われわれが検証した体内時計の解析だけに限らず、細胞生物学、薬理学、分子生理学など広範な分野に広がっていくものと思われる。
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図3 赤、緑色ルシフェラーゼを用いたリアルタイム時計遺伝子転写活性の測定 |

近江谷 克裕

