単層カーボンナノチューブ(Single-wall Carbon Nanotube, SWNT)は、グラファイトシートをくるっと丸めた、直径1nmから数nmの筒状構造をした炭素物質である。シートをどの方向に丸めるかによって、SWNTは、金属になったり半導体になったりするというきわめてユニークな性質を持つ。また、すべて炭素という単一元素から成る物質でありながら、チューブの太さに依存してエネルギーギャップの大きさがほぼ連続的に変化する、異方性が大きくチューブの長さ方向と太さ方向とでその物性が大きく異なる、成分元素がすべて表面に存在するといった、他に類のない特徴を持っている。これらの特徴から、全く新しいタイプの半導体材料として、基礎・応用の両面で大きな関心が寄せられている。
SWNTでつくる“光る薄膜”
SWNTを用いた半導体素子としては、これまで電界効果トランジスタ(FET)に関して多くの研究が行われてきた。その一方で、半導体の重要な特性である光との相互作用を用いた素子(例えば光電変換、電界発光など)に関しては、ほとんど進展がなかった。それは、そのような研究目的に適した材料プロセス技術、特に高品質の薄膜を作る技術が存在しなかったためである。界面活性剤を用いてSWNTを水中に分散すると、バンド間の光学遷移による発光が検出できるようになることは以前から知られていた。しかし、分散液から薄膜を作ろうとすると、その過程で、チューブ同士が強い引力のために凝集してしまって発光機能が失われ、薄膜としての光・電子機能を調べることが困難であった。われわれの研究グループでは、「SWNTの持つユニークな光・電子機能を産業応用に結びつけるためには、高品質薄膜を作る技術、とりわけ、光るSWNT薄膜を作る技術を確立することが絶対に必要である」という考えを基本戦略の一つとして研究を進めてきた。
これまでに、可溶化したSWNTのクロロフォルム溶液を水面に展開し、水面にできた膜を1層ずつ基板表面に移し取ることによって、高品質のSWNT薄膜が形成できること(ラングミュア・ブロジェット(LB)法)、さらに流動配向効果により、チューブを一定方向に配向できることを明らかにした。しかし、この方法では、原料のSWNTを精製・可溶化する過程で、チューブ同士が固く凝集してしまい、発光機能を持つ薄膜を作製することは困難であった。
ゼラチン水溶液からつくる“光る薄膜”
今回の研究では、ゼラチン水溶液に原料のSWNTを分散させ、その分散液からフィルムを作るというきわめて簡便な方法で、孤立SWNTが均質に分散した薄膜を形成することができた(図1)。ゼラチンフィルムは写真感光体のすぐれた分散媒体として100年以上にわたって使われており、今回の方法もそのような特性を利用したものである。特に、SWNTの凝集防止という点では、ゼラチン溶液のゲル化が重要な役割を果たしている。すなわち、ゼラチンの温水溶液を放置・冷却すると、40℃付近で流動性のある状態(ゾル)から無い状態(ゲル)へ変化する(食用ゼリーを作るのと同じ原理)。これによって分散したSWNTの動きが制限され、膜の乾燥過程で起こるチューブの凝集を防止できたものと考えている。
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図1 ナノチューブをゼラチンの中に分散して配向膜を作る手順
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今回作製された薄膜は、光学的に均質で、可視光を照射すると近赤外域でSWNT特有の発光が観測された。これは半導体SWNTのバンド間の光学遷移に由来するものである。チューブが凝集した薄膜では、チューブ間の相互作用のために発光機能が失われていたが、私たちの製膜手法によれば、ゼラチンの分散作用によりチューブ同士の孤立状態が保たれるため、光るSWNT薄膜を実現することができたのである。さらに延伸配向を施すと、高い光学的異方性(偏光吸収、偏光発光、複屈折)を持つ薄膜を作製することができた(図2、図3)。チューブがランダムな方向を向いていると、このような異方性の発現は見られない。
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図2 ナノチューブ配向薄膜の偏光吸収特性
偏光方向が、延伸方向に平行(//)か垂直(⊥)かにより光吸収の強度が大きく異なる。鋭い吸収ピーク群は、直径の異なる種々の金属ナノチューブおよび半導体ナノチューブにおけるバンド間光学遷移に対応する。チューブ同士が分離されていることにより、明瞭なピークが観測される。 |
図3 ナノチューブ配向薄膜の偏光発光特性
偏光していない可視光を照射すると、チューブの配向方向に強く偏光した近赤外発光が生じる。各発光ピークは種々の半導体ナノチューブのバンドギャップに対応する。チューブ同士が凝集していると、チューブ間の相互作用のために励起失活が起こり、このような発光は観測されない。 |
“光る薄膜”の産業化へ
カーボンナノチューブに関しては世界中で熾烈な研究競争が行われているが、光る薄膜、しかも偏光発光するSWNT薄膜は類例のないものである。光るということは、半導体としての特性をより忠実に維持しているということであり、本薄膜は、光・電子機能だけにとどまらず、FET等も含む多様な半導体素子への展開が可能なはずである。今回開発したような材料プロセス技術を発展させていけば、カーボンナノチューブ応用の新たなフロンティアを切り拓くことができるものと確信している。研究グループでは、ごく最近、これまでに比べて20倍以上の高濃度にSWNTを孤立分散させる手法や、分散膜を処理して他の試料形態へ転換する手法も開発しており、カーボンナノチューブの産業応用の実現へ向けて、今後とも独自のアプローチを進める計画である。

南 信次

