玉田:さきごろ制定された「産総研憲章」について、お骨折りいただいた皆さんからいろいろなお話を伺いたいと思います。まず、産総研にはこれまで「産総研研究者憲章」がありましたが、今回「産総研憲章」が作られた経緯について伺えますか?
曽良:旧研究者憲章は、かなり幅広い項目にわたって書き込まれ、内容も大変充実したものでした。ただ、2001年4月に産業技術総合研究所が独立行政法人としてスタートしまして、吉川理事長のもと「本格研究」への取り組みを展開するにあたり、やや不十分なところが出てきたのも事実です。さらに、今年の4月から産総研は非公務員型独立行政法人へ移行するわけですが、第2期に向けて発展を期すため、産総研の基盤をさらに強固にする必要が出てきたことです。産総研に働くすべての人が共有できる行動理念を作りたかったのです。昨年秋に、その制定を決定し、次世代を担っていく職員で憲章起草委員会が組織されました。
内藤:旧研究者憲章は非常に長く、その多くの部分がすでにいろいろな規定等に反映されています。今回は、より上位概念の憲章を作るのが大きな目的でした。
玉田:今回の作業にあたって、特に注意された点というのはありますか?
阿澄:最初にスペックを決める時点で、あまり長いと皆さんに読んでもらえないので、簡潔にしようと。A4一枚に収まるものにすることを決めました。それから、旧研究者憲章には「研究にどう取り組んでいくか」ということが書かれていたわけですが、今回の憲章では、その対象を研究者に限るのではなく組織に働く全ての人のためのものを作るようにしたいと考えました。
玉田:確かに今回の憲章の内容は、産総研すべてに広がっていますし、研究職以外の方にも理解しやすいように配慮されていますね。
内藤:言葉の視点をどこにするのか、経営層から職員に対してなのか、職員から職員に対してなのか、最初にスペックを決めるときに議論されましたね。読んでいただくと分かるように、主語はすべて「私たち」となっています。これは、職員から職員に向けての言葉ということで、同時に職員一人ひとりが自分の言葉としてとらえられるということを、非常に重視した点です。
阿澄:また最初の頃の議論で、「美しい日本語で書きましょう」と言った委員がいました。それにみんなが納得してスタートしています。言葉一つひとつに対してかなり気をつかった議論を重ねました。
白熱した議論を重ね 各委員の思いを盛り込む
玉田:憲章起草委員の中から3人の方に出席いただきましたので、憲章に込めた思いをぜひ伺いたいと思います。
宮崎:最初は「憲章」という言葉自体、それほど馴染みがあるものではありませんでしたし、すでに存在する組織に対しての憲章を作るわけですから、まず憲章とは何かという定義づけに戸惑いました。
また、個人の信条と産総研の信条とが必ずしも合致しない部分もあるわけで、それぞれの委員が、「もっとこういうことを入れたらいいのに」という別々の思いを持っているわけです。議論を重ねる中で得られたコンセンサスは、委員一人ひとりの思いが抽出されていったもののように思います。
宝田:A4一枚にしたのは、自分たちの憲章として読んでもらい、身近なものとして使える長さでないと意味がないと考えたからです。
産総研全体として頑張ろうという気持ちは大切ですが、そのときに、たとえば研究者一人ひとりのやる気が隠れてしまうのは避けたいと、私は思いました。研究をしていく上での喜びや達成感のアピールを、「一人ひとりの自律と創造性」という言葉に託させていただきました。
議論自体が楽しかったというのが印象的です。毎回会議の時間を延長して、言葉一つひとつに白熱した議論をしました。委員に選んでいただいて感謝しています。
中田:私は、「産総研で働く」とか、「産総研とは何か」とか、いろいろ考える機会ができて非常に良かったと思います。憲章の冒頭に、産総研はどのような組織で、職員としてどのように関わっていくのかが書かれています。
私自身は行政職ですが、そういう研究を進めている研究所で働いているのだと意識を強めました。短い文章だけに、いろいろなとらえ方をされるでしょうし、それで良いと思います。
一言一句と向き合い 寄せられた意見を反映
玉田:議論を深めていくため、委員会はどれくらい開かれたのですか?
阿澄:2か月の間に委員会が6回、理事長との意見交換会を3回、そしてイントラへの掲載が2回。
それから幹部懇談会で理事たちとの意見交換もしました。
内藤:職員の方々から34件もの意見が寄せられましたね。
阿澄:最初にイントラに掲載したのが12月初めですが、最終的に決定したものはその時の案とかなり変わっています。どこにどう反映したかを具体的に言うのは難しいのですが、約10人の委員では思い及ばなかったことを指摘していただきました。
阿澄:「社会からの期待を裏切らないよう高い倫理観を保って行動しましょう」という内容を書いた4項目目のところに、はじめは「法令等も遵守し」という言葉が入っていました。しかし、「どうしてそんなあたりまえのことを書くのか」という意見をいただきました。
それから冒頭の「すべての人々が豊かさを享受できる社会の実現」の“豊かさ”も、いろいろなとらえ方がありますよね。
内藤:いわゆる言葉の一人歩きではなく、背後にある理念をしっかり書き込もうという姿勢が、私の印象に強く残っています。「持続発展可能な社会」という言葉が使われなかったところにも象徴されますね。
中田: 「持続発展可能な社会」という言葉は、いろいろな場所で使われ、そのとらえられ方も変わってきました。憲章では、その精神を残し、「自然や社会に調和した健全な方向に発展させる」「豊かさ」などの言葉が使われています。聞き慣れた言葉のつぎはぎではなく、議論を通して言葉が選ばれました。
“社会の中で、社会のために”科学に期待されるものは
曽良:私の印象に強く残っているのは、「科学者」のとらえ方が産総研内で必ずしも一つではないということです。「私は科学者ではなく技術者です」というコメントがありましたが、最終的には、この憲章では“科学者”を広くとらえて“科学コミュニティ”という言葉が用いられています。
「地域」という言葉も多様な意味にとらえられていましたね。委員の方々は、その辺もずいぶん苦労されただろうと思います。
宮崎:私たちは「社会と隔絶した研究所にしてはならない」という意味で「地域」を入れています。最終的には「science in society, for society」と副題にあるように、科学は社会の中で意義づけられて評価されるという、理事長のコンセプトと合流していきました。ですから地域という言葉によって、最終的にこの憲章に吹き込まれた命は「science in society」です。科学コミュニティと一般社会は、壁の内外で分けられて存在していくわけではありません。地域を「社会」という意味でとらえてほしいし、そこが一番重要なところです。
宝田: 「社会の中で、社会のために」、つまり産総研は社会の中にある一つの科学コミュニティだということです。社会との関わりとして、たとえば今、温暖化や廃棄物など地球規模の問題を解決するために科学技術が期待されています。いろいろな解決策や問題点があると提言していくことこそが、私たちの使命だと思います。
A4 一枚の読みやすさとオリジナリティの高さ
玉田:産総研憲章のユニークさや、他機関の憲章とは違う点などをお聞きしたいのですが。
内藤:私は、憲章起草委員会の事務局を務めさせていただきましたが、民間企業、政府系機関、公的研究機関を含めいろいろな組織の憲章をレビューし、起草委員会に資料として提出しました。その形態も多種多様で、組織の数だけ憲章の種類があると言えます。
私が今回の産総研憲章で感じたのは、職員全てに読んでもらうことを前提とした簡潔な文章が非常に画期的だという点です。
もう一点は、私たちの組織としてのミッションが明確に書かれているところです。社会が産総研に期待するのは、良い研究成果を出し、社会がその成果を享受することです。目的、方法論および姿勢が、明確に示されていることが、画期的だと感じます。
宮崎:会社や大学の憲章もたくさん見ましたが、株式会社なら株主への還元、大学なら教育と、柱になるミッションはありますよね。産総研の場合、原点に立ち返って何が大事なのかを考えると、会社や大学の憲章は必ずしも参考になりません。ですから、自分たちで考えてオリジナリティを出すというところでは、国の研究機関としては他の研究所が一読するに足るものができたという気はします。
宝田:今回は何かを参考にせず、ゼロベースで作ることにしたんです。新しい産総研ということで、全部自分たちで考え直そうといろいろな意見を積み上げ、それをどんどん削っていって練り上げていく。ですから、各委員の思いや、いただいた意見の多くが盛り込まれて、そのエッセンスが書いてあるのだと言えます。最初からA4一枚と決めて、それをゼロベースで作ったという意味では、オリジナリティが非常に高い。他のどこにもない憲章ですよね。
中田:周りの人に感想を聞くと、「当たり前のことが当たり前に書いてあるね」と言われますけれども、よく読んでいただけば、「当たり前じゃない」部分を感じていただけると思います。
玉田:A4一枚は非常に読みやすいですね。文章も「べからず集」では読んでいて疲れてしまいます。語りかける感じで書かれた、この憲章が産総研に浸透し、さらに外部の方にも広がっていけばいいですね。
成熟した組織へ向けて 確かな土台となる憲章
宮崎:憲章に入っている一番大事な「science in society」は、往々にして科学史家や市民団体など、科学の実践者ではない人が言ってきた言葉です。80〜90年代、科学が公害などの社会問題と歩調を合わせないで進んだとき、どうするべきかという示唆は科学史家などから与えられました。
それから10〜20年たって、ようやく実践者である私たちが認識し、憲章に盛り込んで、それをベースに科学者が行動していく。これは非常に意義があることですので、その点はアピールしたいですね。「science in society」を科学者の集団から発することに意義がありますし、口だけではなく研究成果という形で実体が伴ってくると、さらにモデル的な良い研究所になると思います。
科学をやる者と見張る者が両輪となって、一つの組織の中で実践していけたら素晴らしいですね。
そして最終的に成熟した組織になったら、一般社会と隔てられず、放課後には子どもが行き交ったりする場所になったりする。それが私個人の理想であり、憲章の中に入れたいと思った気持ちです。
曽良:小玉副理事長と私が、今回の憲章制定の担当理事でしたが、2人とも大変楽しく勉強になったと感じております。非常に熱心な議論が交わされる中で、組織を深く考えるいい機会を得たと思います。今後さらに産総研が社会の期待に応え、職員ひとりひとりが誇りを持って働ける場とするための土台として、この憲章は非常に大事なものになるでしょう。