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ナノテクノロジーで拓く新たながん治療 [ PDF:576.7KB ]

量子ドットのフォトダイナミック療法の可能性を世界で初めて示す

 産総研 単一分子生体ナノ計測研究ラボでは、量子ドットを簡便に合成する手法と、量子ドットとがん細胞を識別できる抗体やレクチンを融合させた材料を合成する手法を新たに開発し、簡便に正常細胞とがん細胞を識別できる技術を開発した。さらに、量子ドットが選択的に結合したがん細胞に紫外線を照射するだけで、がん細胞が死滅することを発見し、量子ドットが分子の可視化だけでなく、がんの治療にも応用可能であることを世界で初めて明らかにした。


研究の背景と経緯

 量子ドットは半導体の無機材料でできた数nmの粒子状の物質であり、1)サイズに依存して蛍光の色が変化する(図1)、2)これまで生化学の分野で多用されてきた有機系の蛍光色素に比べて蛍光スペクトルの幅が小さく蛍光の色を区別することが容易であると同時に光退色しにくいので、次世代の蛍光プローブとして注目されている。当研究ラボではこの量子ドットを安全な反応試薬を用いて比較的低い反応温度(100℃以下)で製造する方法を新たに開発し、この方法によって水溶液中で高い発光効率(> 0.8)を有する量子ドットを調製することに成功した。

 一方、がん治療では、いかに小さな段階でがん細胞を検出し選択的に取り除けるかが、治療成績を向上させる上で重要であるため、ポジトロンCT(PET)や線力学的療法(PDT)等の、新しい診断技術や治療法が注目されている。PETは、ポジトロンを放出するアイソトープで標識された薬剤を注射し、その体内分布を特殊なカメラで映像化する新しい診断法で、がんの性質(悪性度)診断や転移・再発巣の診断として有用性が高い検査である。また、PDTは、光感受性薬剤とレーザー光によって引き起こされる光化学反応を利用した治療法で、腫瘍組織中に活性酸素を生成させ、その力によって腫瘍組織を死滅させるものである。具体的にはあらかじめ患者に薬剤を静脈注射し、腫瘍組織と正常組織における薬剤の濃度の差が最大となる48〜72時間後に薬剤の励起波長と一致する波長の低出力レーザー光を照射する。この際、使用するレーザーはレーザーメスの約1/100と低出力な上、薬剤は、腫瘍組織に多く集積するため正常組織への障害を最小限に抑え、がん病巣のみを選択的に治療することができる。Trifluoperazine(TFPZ)やSulfonated Aluminum Phtalocyanine(SALPC)なども光感受性薬剤として知られているが、現在のところPDT用に市販・使用されている光感受性薬剤は、ポリフィマーナトリウム(商品名フォトフリン)のみで、これらに代わる、新規な光感受性薬剤の開発が望まれている。

 我々は量子ドットをこのようながん組織の可視化や治療に応用できないかと考え、無機材料である量子ドットとがん細胞を識別できる抗体やレクチンを融合させた材料を合成する手法を新たに開発し、正常細胞とがん細胞を識別することに成功した。さらに、量子ドットの結合したがん細胞に紫外線を照射し続けるとがん細胞が死滅することを見出した。

図1

図1 量子ドットが発する蛍光

量子ドットに紫外線をあてると、サイズが小さい(2 ナノメートル)と青色の蛍光を発し、3 ナノメートルでは緑色、4 ナノメートルでは黄色、5 ナノメートルでは赤色の蛍光を発する。

研究内容

 我々が合成した量子ドットは、セレン化カドミウム(CdSe)という材料で、直径は、わずか3 ナノメートル(10億分の1メートル)しかなく(図2左)、紫外線を照射すると、非常に鮮やかな緑色(図2右)の蛍光を発する。量子ドットは、優れた材料であるが、タンパク質などの生体分子とは適合性が悪い材料であり、これまでバイオテクノロジーへの応用は限られていた。本研究においては、量子ドットにタンパク質を融合させる新規技術を開発し、がん細胞の表面にあるがん抗原を特異的に認識する抗体と量子ドットを融合した材料を開発することに成功した(図3)。この材料を白血球細胞のがんである白血病細胞に与えて、紫外線を照射すると、がん細胞の表面や内部に量子ドットが結合して鮮やかな緑色の蛍光を発する(図4、 5)。これに対して、この材料を正常な白血球細胞に与えても、作用しないために、全く蛍光を発しない(図5)。この技術は、このように、がん細胞と正常細胞を簡便・正確に識別することに応用できる。

図2左 図2右

図2 合成した量子ドットの電子顕微鏡写真(左)と量子ドットが発する蛍光(右)

今回は3 ナノメートルの量子ドットを合成した。右図の左側は紫外線照射前の量子ドット溶液、右側は紫外線照射時。

図3

図3 量子ドットとレクチンを融合して新規材料を作成する方法


図4左 図4中 図4右

図4 量子ドットとレクチンの融合材料が病態細胞内に取り込まれる経過の観察結果

上段:1 時間後の蛍光画像(左)と透過観察像(右)下段:5 時間後の蛍光画像(左)と透過観察像(右)
融合材料は細胞表面に集まるとともに、一部細胞内にも入っている。

図5左 図5右

図5 量子ドットとレクチンの融合材料によるがん細胞(左)と正常細胞(右)の識別
がん細胞のみ選択的に蛍光を発している。

 さらに、これらの細胞に一定の強度の紫外線を照射し続けると、10分後には、白血病細胞だけが死滅し始めることが分かった。さらに、紫外線照射後60分で、白血病細胞全体の10〜15%が死滅してしまうことが明らかとなった。同様な実験を正常な白血球細胞で行っても、細胞は全く死滅しなかった。様々な実験を行った結果、この作用機構は次のように推定された。すなわち、量子ドットと抗体が融合した材料では、抗体が細胞表面に結合することで、白血病細胞表面にのみ量子ドットが存在する。そこに、紫外線が照射されると量子ドットは紫外線のエネルギーを吸収して蛍光を発する。しかし、吸収されたエネルギーの一部は、量子ドット付近に存在する酸素と反応して、活性酸素や1重項酸素などの生体にとって有毒な酸素種を発生させる。これらが、白血病細胞にアポトーシス(自発的な細胞死)を誘導し、死滅させてしまうと考えられる(図6)。

 これらの実験結果は、細胞レベルの実験であり、今後、動物実験や臨床試験を積み重ねていくことが重要であり、実際の臨床応用には、まだ課題が多いが、量子ドットのようなナノ材料が、がん治療にも応用可能であることを、世界で初めて示した意義は大きい。

図6

図6 ナノ材料ががん細胞にアポトーシス( 細胞死) を起こすメカニズム

量子ドットとレクチンの融合材料ががん細胞表面に結合し、紫外線を照射すると活性酸素が発生し、細胞死を誘発する。

今後の展開

 CdSe以外の量子ドットについても同様に検討する。さらに、融合させる抗体や生体材料の種類を変えることにより、白血病などの血球細胞のがんから固形がんなど、幅広いがんに対応できる検出技術や光感受性薬剤の開発を目指す。


用語説明

  1. レクチン
    特定の糖鎖の構造を認識して結合するタンパク質を総称して、レクチンと呼ぶ。レクチンはがん細胞特異的細胞凝集活性やリンパ球の幼若化による細胞分裂の誘起、細胞毒性などの作用を持つことが知られているが、これらのレクチンの細胞活性もレクチンが細胞膜表面の糖鎖と結合することによって引き起こされることが分かっている。

  2. 量子ドット
    半導体を構成する原子が数百個から数千個集まった直径数ナノメートル以下の粒子状の小さな塊のこと。この塊の中では、電子は数ナノメートル以下の微小な空間に閉じ込められるので、そのサイズに特有な光吸収・発光特性を示すことが知られている。

  3. 糖鎖
    グルコースやガラクトースなどの糖が鎖状に連なった物質で、細胞の表面に存在して機能や相互作用を調節するなど、細胞同士の情報伝達で重要な役割を果たすため、「細胞の顔」とも呼ばれている。

  4. 活性酸素
    酸素はあらゆる元素の中で最もエネルギー効率の高い元素であり、この酸素を利用して摂取した栄養分を分解し、エネルギーを生成することによって、生命活動を維持しているが、酸素の中でも特に「酸化力が強い酸素」のことを活性酸素と呼ぶ。例えば、次項で説明する1重項酸素の他、スーパーオキシド[O2・]−、ヒドロキシラジカルOH・が知られている。

  5. 1重項酸素
    活性酸素の1種。狭義の活性酸素。1重項酸素から派生した活性酸素種もしばしば活性酸素と呼ばれる。酸素分子は最もエネルギーの低い基底状態では、不対電子を2個持った3重項状態である。外部から光エネルギー等を受け取ると、よりエネルギー状態の高い1重項状態(1重項酸素)に転換する。1重項酸素には不対電子を持たない場合と、不対電子を2つ持つ場合がある。後者の方が、前者より高いエネルギー状態にある。いずれにせよ、基底状態の3重項酸素に比べ、1重項酸素はエネルギーが高く、酸化力が強いので、例えば他の物質を酸化して、それ自身が1個の不対電子を持ったスーパーオキシドに転換する場合もある。しかもその発生したスーパーオキシドもまた酸化活性は極めて高い。

  6. アポトーシス
    細胞死の一種で、自発的な細胞の自殺のこと。これに対し、血行不良、外傷などによって起こる細胞死は、ネクローシスまたは壊死と呼ばれ、これと区別される。生体内では、がん化した細胞のほとんどは、アポトーシスによって取り除かれ続けており、これにより、ほとんどの腫瘍の成長は未然に防がれていることが知られている。オタマジャクシからカエルに変態する際に尻尾がなくなるのはアポトーシスによる。

  7. ポジトロン
    プラスの電気を帯びた電子のことで、マイナスの電気を帯びた電子に出会うと結合して消滅し、γ線(ガンマ線)と呼ばれる放射線に変化する。このγ線はエネルギーや放射方向が一定などの特徴があり、画像化するのに非常に適している。PETではこのγ線を体外から観測して薬剤の体内分布を映像化する。

  8. アイソトープ
    原子番号は同じで質量数だけが異なった元素のことで、物理化学的な性質はほとんど同じである。ある化合物の元素を同位元素に置きかえてもその性質は全く変化しないため、ブドウ糖やアミノ酸・ホルモンなど人体の生理活性物質を調べるのに非常に適している。放射能を出す同位元素を特に放射性同位元素(ラジオアイソトープ)と呼び、これを利用した医療用検査を核医学検査と呼んでいる。

◆ 参考文献

  • R. Bakalova, H. Ohba, Z. Zhelev, M Ishikawa, and Y. Baba, Quantum dots as photosensitizers?, Nature Biotechnology, 22 (11) , 1360-1361 (2004) .
  • R. Bakalova, H. Ohba, Z. Zhelev, T. Nagase, R. Jose, M. Ishikawa, and Y. Baba, Quantum Dot andti-CD Conjugates: Are They Potential Photosensitizers or Potentiators of Classical Photosensitizing Agents in Photodynamic Therapy of Cancer?, NANO LETTERS, 4 (9) , 1567-1573 (2004) .
  • 新規感受性薬剤及びその製造方法(特願2004-326539) .
  • 新規生体試料標識用蛍光プローブとその調整法(特願2004-96070) .

問い合わせ

独立行政法人 産業技術総合研究所 九州センター
単一分子生体ナノ計測研究ラボ
主任研究員 大庭 英樹
大庭連絡先
〒841-0052 佐賀県鳥栖市宿町 807-1


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