研究の背景と経緯
量子ドットは半導体の無機材料でできた数nmの粒子状の物質であり、1)サイズに依存して蛍光の色が変化する(図1)、2)これまで生化学の分野で多用されてきた有機系の蛍光色素に比べて蛍光スペクトルの幅が小さく蛍光の色を区別することが容易であると同時に光退色しにくいので、次世代の蛍光プローブとして注目されている。当研究ラボではこの量子ドットを安全な反応試薬を用いて比較的低い反応温度(100℃以下)で製造する方法を新たに開発し、この方法によって水溶液中で高い発光効率(> 0.8)を有する量子ドットを調製することに成功した。
一方、がん治療では、いかに小さな段階でがん細胞を検出し選択的に取り除けるかが、治療成績を向上させる上で重要であるため、ポジトロンCT(PET)や線力学的療法(PDT)等の、新しい診断技術や治療法が注目されている。PETは、ポジトロンを放出するアイソトープで標識された薬剤を注射し、その体内分布を特殊なカメラで映像化する新しい診断法で、がんの性質(悪性度)診断や転移・再発巣の診断として有用性が高い検査である。また、PDTは、光感受性薬剤とレーザー光によって引き起こされる光化学反応を利用した治療法で、腫瘍組織中に活性酸素を生成させ、その力によって腫瘍組織を死滅させるものである。具体的にはあらかじめ患者に薬剤を静脈注射し、腫瘍組織と正常組織における薬剤の濃度の差が最大となる48〜72時間後に薬剤の励起波長と一致する波長の低出力レーザー光を照射する。この際、使用するレーザーはレーザーメスの約1/100と低出力な上、薬剤は、腫瘍組織に多く集積するため正常組織への障害を最小限に抑え、がん病巣のみを選択的に治療することができる。Trifluoperazine(TFPZ)やSulfonated Aluminum Phtalocyanine(SALPC)なども光感受性薬剤として知られているが、現在のところPDT用に市販・使用されている光感受性薬剤は、ポリフィマーナトリウム(商品名フォトフリン)のみで、これらに代わる、新規な光感受性薬剤の開発が望まれている。
我々は量子ドットをこのようながん組織の可視化や治療に応用できないかと考え、無機材料である量子ドットとがん細胞を識別できる抗体やレクチンを融合させた材料を合成する手法を新たに開発し、正常細胞とがん細胞を識別することに成功した。さらに、量子ドットの結合したがん細胞に紫外線を照射し続けるとがん細胞が死滅することを見出した。
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図1 量子ドットが発する蛍光
量子ドットに紫外線をあてると、サイズが小さい(2 ナノメートル)と青色の蛍光を発し、3 ナノメートルでは緑色、4 ナノメートルでは黄色、5 ナノメートルでは赤色の蛍光を発する。
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研究内容
我々が合成した量子ドットは、セレン化カドミウム(CdSe)という材料で、直径は、わずか3 ナノメートル(10億分の1メートル)しかなく(図2左)、紫外線を照射すると、非常に鮮やかな緑色(図2右)の蛍光を発する。量子ドットは、優れた材料であるが、タンパク質などの生体分子とは適合性が悪い材料であり、これまでバイオテクノロジーへの応用は限られていた。本研究においては、量子ドットにタンパク質を融合させる新規技術を開発し、がん細胞の表面にあるがん抗原を特異的に認識する抗体と量子ドットを融合した材料を開発することに成功した(図3)。この材料を白血球細胞のがんである白血病細胞に与えて、紫外線を照射すると、がん細胞の表面や内部に量子ドットが結合して鮮やかな緑色の蛍光を発する(図4、 5)。これに対して、この材料を正常な白血球細胞に与えても、作用しないために、全く蛍光を発しない(図5)。この技術は、このように、がん細胞と正常細胞を簡便・正確に識別することに応用できる。
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図2 合成した量子ドットの電子顕微鏡写真(左)と量子ドットが発する蛍光(右) 今回は3 ナノメートルの量子ドットを合成した。右図の左側は紫外線照射前の量子ドット溶液、右側は紫外線照射時。
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図3 量子ドットとレクチンを融合して新規材料を作成する方法 |
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図4 量子ドットとレクチンの融合材料が病態細胞内に取り込まれる経過の観察結果
上段:1 時間後の蛍光画像(左)と透過観察像(右)下段:5 時間後の蛍光画像(左)と透過観察像(右)
融合材料は細胞表面に集まるとともに、一部細胞内にも入っている。 |
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図5 量子ドットとレクチンの融合材料によるがん細胞(左)と正常細胞(右)の識別 |
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さらに、これらの細胞に一定の強度の紫外線を照射し続けると、10分後には、白血病細胞だけが死滅し始めることが分かった。さらに、紫外線照射後60分で、白血病細胞全体の10〜15%が死滅してしまうことが明らかとなった。同様な実験を正常な白血球細胞で行っても、細胞は全く死滅しなかった。様々な実験を行った結果、この作用機構は次のように推定された。すなわち、量子ドットと抗体が融合した材料では、抗体が細胞表面に結合することで、白血病細胞表面にのみ量子ドットが存在する。そこに、紫外線が照射されると量子ドットは紫外線のエネルギーを吸収して蛍光を発する。しかし、吸収されたエネルギーの一部は、量子ドット付近に存在する酸素と反応して、活性酸素や1重項酸素などの生体にとって有毒な酸素種を発生させる。これらが、白血病細胞にアポトーシス(自発的な細胞死)を誘導し、死滅させてしまうと考えられる(図6)。
これらの実験結果は、細胞レベルの実験であり、今後、動物実験や臨床試験を積み重ねていくことが重要であり、実際の臨床応用には、まだ課題が多いが、量子ドットのようなナノ材料が、がん治療にも応用可能であることを、世界で初めて示した意義は大きい。
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図6 ナノ材料ががん細胞にアポトーシス( 細胞死) を起こすメカニズム 量子ドットとレクチンの融合材料ががん細胞表面に結合し、紫外線を照射すると活性酸素が発生し、細胞死を誘発する。
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今後の展開
CdSe以外の量子ドットについても同様に検討する。さらに、融合させる抗体や生体材料の種類を変えることにより、白血病などの血球細胞のがんから固形がんなど、幅広いがんに対応できる検出技術や光感受性薬剤の開発を目指す。










