プロトン核磁気共鳴(Nuclear Magnetic Resonance, 以下NMR)とは、磁場中での水素原子核(プロトン)の歳差運動をコイルで検出することによって水素原子核の物理化学的状態を同定する分光学である。NMRは、化学物質の同定・タンパク質の3次元構造解析・量子コンピューター・脳機能計測・医療などの分野で広く応用されている。
しかしながら、プロトンNMRが物理探査(野外における地下水や石油の探査)に使われていることは、あまり知られていない。NMR物理探査が実用化したのが、1990年代後半というごく最近のことだからである。水素は、地下水や石油の構成元素として地盤工学上また資源開発工学上重要な物質であり、NMRで地層表面をスキャンできれば多くの成果が得られるという期待は以前からあった。しかし、物体表面をスキャンするには小型軽量の強力な永久磁石が必須であり、そのような高性能希土類磁石が実現したのは最近のことであった。
当研究部門では、このような背景の中で、NMR物理探査装置の開発を進めている。応用先は、地盤工学におけるトンネル・岩盤等のメンテナンスである(図1)。新幹線のトンネルのコンクリート壁の劣化の問題でよく知られているように、一般に構造物の亀裂検知は、安全上最重要課題の一つであり、特に水をふくんだ亀裂が危険である。従来から行われている赤外線や打音などの手法では、水の有無や水を含んだ亀裂の幅の定量計測が困難であったが、図1の手法では水にプロトンが含まれているため、磁石で壁表面をスキャンすることによって原理上水を含んだ亀裂の幅の定量計測ができる。図2は、開発中のNMR物理探査装置のプロトタイプである。これは、台車付きのワゴンにスピン励起用電磁波トランスミッター・分光ユニット・制御用パソコンを搭載したもので、コンクリート壁表面から数cm奥に隠れている含水亀裂中の水を検出できる。現在は、センサーユニットと分光ユニットとの連結作業という最終工程に入った段階である。また、NMR物理探査は成立してまもない若い分野なので、ハードウェアの製作だけではなく取得したデータから必要な情報を得るためのデータ解析手法も新たに開発する必要がある。プロトンの緩和・拡散などの生データから地層の浸透率・保水性を推定する手法について、いくつかの特許を出願済みである。
最後に、図2の装置は、大きな物体の表面を野外でスキャンできるという特徴を生かせば、地盤工学に限らず他の産業へ広く応用できることをアピールしたい。たとえば、農林業(果実や樹木の生育チェック)にも転用可能であろう。




