1995年に室温で巨大な磁気抵抗効果(Tunnel Magneto−Resistance; TMR効果)を示す素子(TMR素子)が開発され、これを利用した新しい不揮発性メモリ(MRAM)が考案された。TMR素子は厚さ約1nmの酸化アルミ(Al−O)のトンネル障壁層を2枚の強磁性金属(Fe, Co, Niなど)の電極層で挟んだ構造を持ち、不揮発記憶の機能を持つメモリ素子である。これは、従来の半導体素子では実現できない機能である。しかし一方で、半導体素子の特徴であるダイオード機能やトランジスタ機能などを、TMR素子は持っていない。もしこのような機能をTMR素子に付加できれば、スピントロニクス(固体中の電子スピンを利用したエレクトロニクス)分野の発展につながると期待される。そのための最も有望な手法は、共鳴トンネル効果の利用である。実際に、半導体素子では共鳴トンネル効果を用いたダイオードやトランジスタが実現されている。一方、スピントロニクス分野では、共鳴トンネル効果の実証が試みられてきたが、成功した例は全く無かった。磁性金属の共鳴トンネル効果(スピン偏極共鳴トンネル効果)は原理的に不可能であるという理論も提唱されている。しかし、我々は、電子スピンの散乱を徹底的に減らせばスピン偏極共鳴トンネル効果は実現可能と考えた。
スピン偏極共鳴トンネル効果を実証するために、図1のような構造のTMR素子を作製した。電子スピンの散乱を減らすために、高品質の単結晶電極を用いた。Cu超薄膜の中にスピン偏極した共鳴状態が形成され、それを介したスピン偏極共鳴トンネル効果が起こることが期待される。このTMR素子の磁気抵抗比はCu層膜厚に対して振動し(図2)、その振動周期や位相はバイアス電圧に依存して変化する。これは、スピン偏極共鳴トンネル効果に起因して起こる現象であり、この効果を世界で初めて実証することに成功した。この結果は、共鳴トンネル型スピントロニクス素子が実現可能であることを示している。特筆すべき点は、この現象が室温で観測されることである。つまり、この原理に基づく素子は室温動作が可能である。この研究によって、磁性体中の電子の波動関数とスピンのコヒーレンシーを同時に保存できることが示された。この結果は、共鳴トンネル素子のみならず、量子計算機への応用の観点からも注目される。
なお、以上の研究は科学技術振興事業団の戦略的創造研究推進事業の一環として産総研において行われたものである。
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図1 (A)スピン偏極共鳴トンネル効果を実証するためのTMR素子の構造
左向きスピンの電子が選択的にCu層中に閉じこめられ、共鳴状態(量子井戸準位)を形成する。 (B) TMR素子の断面透過顕微鏡像 |
図2 磁気抵抗比のCu膜厚依存性
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