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AIST Today VOL.2 No.2

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AIST Today / National Institute of Advanced Industrial Science and Technology (AIST)
 表紙 (PDF:551.6KB)
 目次
メッセージ (PDF:109.1KB)
出会いを大切に
産総研フェロー 大津 展之 
 トピックス (PDF:507.5KB)
産総研、三菱化学株式会社と研究協力実施へ
  −新たな連携研究へ向けて−
 最新情報
水と太陽光からクリーンエネルギーを 光反応制御研究センター
可視光で水の完全分解 光反応制御研究センター
生体組織工学のための新しい基盤材料 ティッシュエンジニアリング研究センター
生体内調節系の発見とその解明 分子細胞工学研究部門
タンパク質2次元電気泳動像の自動解析 生命情報科学研究センター
凍結融解が細胞に与える影響 特許生物寄託センター
過酷な環境で摩耗の少ないセラミックス シナジーマテリアル研究センター
新しい用途を拓くポーラス金属 基礎素材研究部門
光照射による簡易型ガラス着色技術 生活環境系特別研究体
世界最速の人体形状計測装置 デジタルヒューマン研究ラボ
高温用白金抵抗温度計 計測標準研究部門
長距離量子暗号通信 光技術研究部門
 特集 (PDF:431.9KB)
(PDF:702.9KB)
計測標準分野の動向と課題
 パテント 計測標準研究部門
技術移転いたします!
・レーザー変位計、レーザー振動計の周波数特性評価法
・磁性吸着剤による有害物質の除去
 産学官連携 (PDF:649.2KB)
(PDF:356.5KB)
・産学官の連帯を目指して
・メゾテクノロジー連携研究体
 テクノ・インフラ (PDF:291.8KB)
・第10回長さ諮問委員会(CCL)報告
・CCOP を通じたアジア地質情報基盤確立の戦略
 AIST NETWORK (PDF:819.0KB)
・尾身科学技術政策担当大臣つくばセンター来訪
・東北センター研究講演会
・第2回産総研・技術情報セミナー
・東北センター第2回日韓合同シンポジウム
・四国センターシンポジウム
・産業技術連携推進会議 福祉技術部会 第3回福祉技術シンポジウム
・「グリッド研究センター」設立
・計量研修センター(東村山) つくばセンターへ移転
 カレンダー

水と太陽光からクリーンエネルギーを

−可視光で光触媒による水の直接分解に成功−
鄒 志剛の写真
しゅう しこう
鄒 志剛
鄒連絡先
光反応制御研究センター

 化石燃料資源の制約やそれらの大量消費によって引き起こした深刻な地球温暖化などの環境問題が注目される中、人類はクリーンで安全な新エネルギーの緊急な開発を余儀なくされている。無尽蔵な太陽光と水から、クリーンな燃料となる水素と酸素を直接製造する人工光合成技術とも考えられる技術は人類の夢技術の一つである。図1は、半導体光触媒を用いた水の直接分解による水素と酸素の生成原理を示している。光触媒水素製造の実用化を考えた場合、太陽光の利用は不可欠である。地表に降り注ぐ太陽光は、可視光の500nm 付近に放射の最大強度をもっており、可視光領域のエネルギー量は全太陽光の約43%である。一方、400nm以下の紫外線領域では5%にも満たない。しかし、今まで水を可視光で水素と酸素に分解できる光触媒は開発されていなかった。我々のグループは結晶物理学的な材料設計手法を用いて、可視光で水を分解できる新しい光触媒の探索を行ってきた。その結果、太陽光の約半分を占める可視光を用いて、水を水素と酸素に一段で分解できる光触媒の開発に世界で初めて成功した。開発した光触媒はNiをドープしたInTaO4系化合物である。InTaO4 系化合物はMonoclinic 型結晶構造で、空間群P2/C を持つ層状Wolframiteである。

 図2は1.0wt% NiOx/ In0.9Ni0.1TaO4光触媒を用いて可視光照射下で水分解を検討したところ水素・酸素が2対1の量論比で生成した。420nm カット・オフ・フィルターを通してランプをオン・オフすることにより、触媒の可視光の応答性があることも確認された。通常の一段光励起システム(一つの光触媒で、図1)で水を可視光完全分解した世界で初めての例である。また、水素・酸素の生成速度はNi置換量0.1で最高になることが解った。これはNiに置換したIn1-xNixTaO4触媒の結晶性がx=0.1 までは安定しているためと考えられる。現状での変換効率は非常に低い(量子収率は402nmで0.66%)が、本研究が可視光利用の実用光触媒開発への糸口となることが期待される。

図1 図2
図1 光触媒の原理(一段励起反応)
H2:水素、O2:酸素、H+:プロトン、H2O:水
図2 光照射時間による生成ガスの変化
420nm カット・オフ・フィルター使用
●と○ : 1.0wt% NiOx/ In0.9Ni0.1TaO4
■と□ : 1.0wt% RuO2/ In0.9Ni0.1TaO4
■関連情報
  • Z. Zou, J. Ye, K. Sayama and H. Arakawa, Nature, 414, 625, 2001.
  • Z. Zou, J. Ye, and H. Arakawa, Chem. Phys. Letter., 332, 271, 2000.
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可視光で水の完全分解

−人工光合成メカニズムで実現−
佐山 和弘の写真
さやま かずひろ
佐山 和弘
佐山連絡先
光反応制御研究センター

 太陽エネルギーを用いて水と炭酸ガスから酸素と有機物を合成したり、水を水素と酸素に分解するといった光エネルギー変換・蓄積型の「人工光合成システム」の実現は科学者にとって大きな夢であるが、実際には非常に難しい技術である。植物の光合成ではクロロフィルを用いた2種類の光吸収中心と多くのレドックス電子リレー(キノンなど)を用い、水を分解して酸素を発生するとともに炭酸ガスを糖に還元している(Zスキーム型反応、図1)。これまでの人工光合成の研究は主にクロロフィルのような金属錯体の研究者を中心に行われてきた。しかし、水から酸素を引き抜く反応は、4つの電子を同時に用いる反応なので制御が難しく、また通常の金属錯体が酸素生成反応に対して不安定なため、金属錯体の分野での水の完全分解は実現できていなかった。一方で、半導体粉末を用いた光触媒分野では、紫外線照射下では水の完全分解ができていたが、可視光では非常に難しくこれまで成功していなかった(最近我々のグループは一段光励起反応でも可視光での水分解に成功した注))。

 我々は、植物の光合成メカニズムを模倣すれば可視光での水の分解ができると考えて研究を行ってきた。まずレドックスリレーを単純化してI-イオンとIO3-イオンという一組のレドックス対で水素発生側のPS1と酸素発生側のPS2を連結した(図1)。PS1としてはクロムをドーピングしたSrTiO3という半導体粉末に白金を担持した光触媒、PS2としては白金担持したWO3半導体粉末光触媒を用いた。具体的には、上記の2種類の光触媒をヨウ化ナトリウムの水溶液に混合して懸濁し、可視光を照射するだけである。それだけで水が分解し、水素と酸素が2対1で長時間定常的に発生した(図2)。これはまさに可視光応答性の人工光合成システムを構築した世界初の例と言える。従来法(一段光励起法)と異なり、水素と酸素を別々に発生させることも可能である。

図1
図1 植物の光合成メカニズムを模倣した研究(人工光合成)
図2
図2 水素および酸素発生の経時変化(>410nm)
■関連情報
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生体組織工学のための新しい基盤材料

−複合化技術により組織の再生に成功−
陳 国平の写真
ちん こくへい
陳 国平
陳連絡先
ティッシュエンジニアリング研究センター

 生体組織工学により生体組織を再構築する際、生体細胞の足場となる基盤材料は生体細胞の機能制御と組織形成の誘導に関して非常に重要な役割を果たし、近年盛んに研究開発が行われている。基盤材料には、生体に害を与えないための生体親和性や、新しい生体組織の形成と共に材料が分解・吸収されるための生体吸収性、高度な機械強度、多孔質性などが要求されている。

 これまでに、ポリ乳酸やポリグリコール酸などの生体吸収性合成高分子や、コラーゲンなどの天然高分子の多孔質基盤材料がよく用いられてきたが、多くの問題点が指摘されている。例えば、合成高分子は細胞との特異的な相互作用に欠けるため細胞接着性が悪く、担体表面が疎水性となるため細胞が播かれることが阻害される問題がある。一方、コラーゲンは高い細胞接着・増殖促進活性を持っているが、コラーゲンのみで構成された基盤材料は機械的強度に劣るため、的確な形態を付与することが困難である。そこで我々は、生体吸収性合成高分子と天然高分子を複合化する技術を新規に考案し、より優れた多孔質基盤材料の開発を行った。

 我々が新規に考案した複合基盤材料作製技術は、高い強度と易成形性を持つ生体吸収性合成高分子材料の骨格構造体内部に、細胞を容易に播くための親水性と細胞接着性を持つ生体吸収性天然高分子のマイクロスポンジを形成し複合化させるものである。生体吸収性合成高分子スポンジやメッシュが複合体の形態を維持し、取り扱いを容易とする一方、コラーゲンマイクロスポンジは細胞の播きやすさに賦与した。 

 開発した複合基盤材料(写真1)は、合成高分子材料および天然高分子材料双方の利点を有することが物理特性検査・生体外細胞培養実験・マウスを用いた皮下細胞培養実験によって確認され、既存の材料が抱える様々な問題点を解決し得るものとして注目されている。

 また、開発した基盤材料を用いて、ウシの関節軟骨細胞を培養し、タイプ II コラーゲンやアグリカンなど関節軟骨細胞外マトリックスを発現する関節軟骨様な組織の再生に成功した(写真2)。

写真1 写真2
写真1 複合基盤材料の電顕写真 写真2 再生軟骨
■関連情報
  • G. Chen, T. Ushida and T. Tateishi: Adv. Mater. Vol 12, 455-457 (2000).
  • G. Chen, T. Ushida and T. Tateishi: J. Chem. Soc. Chem. Comm. Vol 16, 1505-1506 (2000).
  • G. Chen, T. Ushida and T. Tateishi: J. Biomed. Mater. Res. Vol 57, 8-14 (2001).
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生体内調節系の発見とその解明

−多機能なシグナル分子の産業応用への期待−
齊田 要の写真
さいだ かなめ
齊田 要
齊田連絡先
分子細胞工学研究部門

 バイオの国家戦略としてタンパク質の機能解明プロジェクト(ポストゲノム)が開始されつつある。著者らは、ほ乳類のゲノム解析から新規なシグナル分子(=生体内で細胞から細胞へ情報を伝える物質)を発見し、その機能解析を行って来た。この分子VIC/ET2は局所ホルモン(生理活性ペプチド)であり、生物活性として高血圧・血管収縮・腸管収縮・平滑筋収縮・分泌・細胞増殖・分化・細胞死(アポトーシス)を、受容体を介して極微量で惹起した1),2)。構造はヘビ毒SRTXに酷似し急性の個体死も引き起こす。発見論文1)は世界から注目され、被引用回数Times Citedは300超で、インパクトが高い(ISI社データより)。

 cDNAと遺伝子の配列解析からこのシグナル分子の生合成経路を推定した(図1の赤矢印)3)。これらに関する特許4)の一部は実用化され、シグナル分子の化学合成品が市販されている。また調節系全体(=シグナル分子と受容体)の遺伝子発現の臓器組織分布を解析したところ、その発現を子宮・胎児(図2)と卵巣・脳・消化管において見い出した5)。よって発生分化生殖や脳神経系や消化器系における機能が注目された。そこで特異的な遺伝子発現プロフィール法6)や免疫組織染色法、in situ hybridization7) や転写活性定量法8)を開発し、シグナル分子の生理的役割を推定した(図2)。子宮器官においては筋組織の増殖と収縮による胎児の保持に、胎児においては臓器の増殖・分化に関与しているらしい。また神経細胞における遺伝子発現調節機構の解析を行い、調節領域が遺伝子上流域に存在することを示した8)

 今後このシグナル分子の細胞・組織・臓器・個体レベルでの解析等9)がより進み、多機能(multi-functional)な生理機能や発現調節機構の全貌が解明されて、産業(医薬や畜産業)への応用が期待される。

図1
図1 生体内VIC/ET2調節系の解明 : 細胞内のVIC生合成の設計図(左)と個体内の調節系の概要(右)。
(左図は文献3の図を改変)
図2
図2 遺伝子/ペプチドの発現上昇 : 妊娠中期の子宮筋組織と胎児においてmRNA(上)と
成熟(=活性型)ペプチド(下)が急激に生産される。(文献7の図を改変)
■関連情報
  1. J. Biol. Chem. 264, 14613 (1989) ; FEBS lett. 247, 337 (1989).
  2. Biochim. Biophys. Acta 1089, 404 (1991) ; J. Cardiovasc. Pharmacol. 17, S55 (1991) ; In Vitro Cell. Dev. Biol .33, 751 (1997).
  3. Genomics 64, 51 (2000).
  4. 特許第2807471号'98: 第2811464号'98: 第3051904号'00
  5. J. Mol. Endocrinol. 22, 161 (1999).
  6. J. Biotech. 84, 187 (2000) ; J. C. P. 36, S5 (2000).
  7. J. Histochem. Cytochem. 48, 699 (2000).
  8. J. C. P. 36, S9 (2000). 9) Mol. Cells 8, 272 (1998) ; Oncogene 19, 4713 (2000) ; J. C. P. 36, S1 (2000) ; J. Mol. Endocrinol. 27, 165 (2001).
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タンパク質2次元電気泳動像の自動解析

−解析システム"PiKA2"を試験公開−
高橋 勝利の写真
たかはし かつとし
高橋 勝利
高橋連絡先
生命情報科学研究センター

 ゲノム研究のターゲットはゲノムDNA上にコードされている遺伝子の機能解明に移り、遺伝子の間に働く相互作用の仕組みを理解し、これを役立てることを見い出す新しいフェーズに進んだといえる。

 近年、ポスト・ゲノム・シークエンシングとして「プロテオーム解析」が注目されている。プロテオームとはゲノム上の全遺伝子産物(タンパク質)を意味し1)、プロテオミクスは、ゲノム上の全遺伝子産物に関する大規模な解析技術として定義する事ができる。これはタンパク質の発現量・翻訳後修飾・相互作用などを解析し、例えば健康・発病状態において発現タンパク質レベルで何が起こっているのかなど、細胞ネットワークや細胞プロセスにおける全体的な生物学的情報を得る事を目的にした解析技術である。

 プロテオーム解析を支える技術としてタンパク質2次元電気泳動が利用されている。近年の技術進歩に伴い、2次元電気泳動(2D-PAGE)によって高い分解能で再現性良く複雑なタンパク質混合物を分離することが可能になった。さらなるハイスループット化と自動化を実現するためには、2D-PAGEパターンの解析技術も高度に自動化する必要がある。

 我々は2次元電気泳動パターンの自動解析を可能にするコンピュータ・アルゴリズムの開発を行ってきた2-4)。我々のアルゴリズムにより、歪みを有するタンパク質2次元電気泳動画像からタンパク質スポット情報を自動抽出し、さらに複数の2次元電気泳動パターンの自動照合後、スポット情報の整理統合を自動的に行うことが可能となった。

 全く人間の介在なしに電気泳動パターンの解析を行うアルゴリズムをWeb インターフェイス、リレーショナルデータベースとともに実装しており、コンピュータ・ネットワーク経由で電気泳動画像の収集・画像データベース構築から解析までを一元的に行うタンパク質2次元電気泳動パターン解析システム“PiKA2”を開発し、試験公開している5)

図1 図2
図1 PiKA2のWEBインターフェイス 図2 Gaussian関数フィッティングによるスポット形状推定
■関連情報
  1. M.R.Wilkins, et al., BIO/TECHNOLOGY, Vol.14, 61-65(1996).
  2. K.Takahashi, et al., Genome Informatics, Vol.8, 135-146(1997).
  3. K.Takahashi, et al., Genome Informatics, Vol.9, 161-172(1998).
  4. K.Takahashi, et al., Genome Informatics, Vol.10, 121-132(1999).
  5. http://www.proteomics.jp/pika2/
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凍結融解が細胞に与える影響

−DNAチップによるストレス応答遺伝子の探索−
小谷 峰の写真
おだに みね
小谷 峰
小谷連絡先
特許生物寄託センター

 特許生物寄託センターは、特許庁長官から指定された国内唯一の特許生物の保管機関であり、寄託された生物種はその特性により、最適の状態(凍結乾燥、凍結、生菌等)で保管されている。しかし、現在適用されている保存法では、保存法により起因する機能障害のため形質が変化してしまい寄託された生物種の機能が失われてしまうことが多い。このことは、当センターのみならず生物関連発明者の抱える大きな課題となっている。そのため、障害の詳細を明らかにし、効率的保存法を確立することは当センターで貴重な知的資源を管理していく上で重要な役割を担うことになる。

 そこで我々は、今回凍結法に焦点をあて凍結保存をする上で避けることができない凍結融解の一連の操作で生ずるストレスに対して応答する遺伝子を探索するため、酵母をモデル細胞として用い、その全遺伝子約6000個がスポットされたDNAチップを利用し、解析した。

 対数増殖期後期まで培養した酵母を-80℃で凍結し、30℃で解凍後回復培養を行った。遺伝子発現の経時変化を追うために解凍後15分、30分、60分にサンプリングを行い、凍結前の細胞と細胞中の遺伝子の転写産物(mRNA)の量を比較した。その結果、凍結融解のストレスを加えたことにより15分から60分の間に発現量が2倍以上となった遺伝子数は282個あった(図1)。誘導された遺伝子をいくつかのカテゴリーで分類したところ、エネルギー、イオンの恒常性維持、細胞の修復・防御・細胞死・加齢、タンパク修飾・安定化・分解に関連した遺伝子が多く誘導されていた(図2)。このことは凍結融解によって変性したタンパク質の修復および分解とそのためのエネルギーを得るためにこれらの遺伝子の発現が誘導されたことを示唆すると考えられる。また、誘導されていた遺伝子の大半は機能未知の遺伝子であったが、今後それらの遺伝子の機能の詳細を解明することにより、より信頼度の高い保存法の開発が期待できる。

図1
図1 誘導された遺伝子の発現量の変化
図2
図2 誘導された遺伝子の分類
■関連情報
  • 日経産業新聞, 2001年11月7日
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過酷な環境で摩耗の少ないセラミックス

−窒化ケイ素の粒子配向により無潤滑で低摩擦を達成−
平尾 喜代司の写真
ひらお きよし
平尾 喜代司
平尾連絡先
シナジーマテリアル研究センター

 近年、産業用あるいは民生用の機器が大型化、高性能化するにつれ高荷重下あるいは長期の運転においても摩耗が少なく高い精度を維持する摺動部品が求められるようになってきた。現在、機械部品のほとんどは金属材料で作られているが、このような厳しい要請を金属材料で達成することは容易ではない。セラミックスは金属と比べて、高い硬度、耐熱性を持つため精密摺動材料として高い可能性を持つと期待されている。

 窒化ケイ素は、高い強度、耐熱性、ねばり強さを合わせ持つ、優れた構造用セラミックスとして知られている。しかし、摺動時に微視的な破壊が粒界を通して進行し粒子脱落を生じやすいため、アルミナや炭化ケイ素と比べると耐摩耗性は高くない。当研究センターでは、国家プロジェクト「シナジーセラミックスの研究開発」の一環としてファインセラミックス技術研究組合と共同で優れた耐摩耗性を持つ窒化ケイ素の開発に取り組んできた。

 今回、窒化ケイ素柱状粒子を一方向に配向させることにより、粒子配向に垂直な面において低い摩擦係数(無潤滑で0.3)とともに高い耐摩耗性(比摩耗量が従来の窒化ケイ素の約1/10)を同時に発現することを見い出した。この配向構造を持つ窒化ケイ素は、柱状の種結晶粒子を数%添加した原料粉末のシート成形・積層体1)あるいは押出し成形体2)を焼結することにより作製することができる(写真1)。粒子配向に垂直な面は摺動後においても極めて滑らかであった(写真2)。これは、粒子配向方向に垂直に摺動を行った場合アンカー的な効果により粒子脱落が抑えられたことによると考えられる3)

 粒子配向窒化ケイ素は、また高い放熱性を持つこともこれまでに明らかにしている4)。摺動時に発生する熱を逃がし安定した摺動を実現するためには部材が高い放熱性を持つことも非常に重要である。

 今回、配向窒化ケイ素が高い放熱性に加えて高い耐摩耗性をも合わせ持つことが示されたことで、高い精度が要求される摺動部材、さらには高速高荷重など従来の材料では使用が困難であった過酷環境下での部材など幅広い用途が期待される。

写真1 写真2
写真1 粒子配向窒化ケイ素焼結体の組織
エッチング処理により粒子境界を鮮明にした写真
写真2 粒摺動試験後の摺動面
(a)粒子配向窒化ケイ素(粒子配向に垂直な面を摺動)。
(b)通常の窒化ケイ素焼結体。
摺動条件:ブロックオンリング法(試料はブロック形状、相手材のリングは 市販の窒化ケイ素)摺動速度 1.5m/s、荷重5N、摺動距離75m
■関連情報
  1. K. Hirao, M. Ohashi, M. E. Brito and S. Kanzaki, J. Am. Ceram. Soc., 78, pp.1687-90 (1995).
  2. H. Teshima, K. Hirao, M. Toriyama and S. Kanzaki, J. Ceram. Soc., Japan, 107, pp.1216-1220 (1999).
  3. M. Nakamura, K. Hirao, Y. Yamauchi and S. Kanzaki, J. Am. Ceram. Soc., 84, pp.2579-2584 (2001).
  4. K. Hirao, K. Watari, M.E. Brito, M. Toriyama, S. Kanzaki, J. Am. Ceram. Soc., 79, pp. 2485-88 (1996)
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新しい用途を拓くポーラス金属

−空隙率を制御する材料プロセス技術−
朝比奈 正の写真
あさひな ただし
朝比奈 正
朝比奈連絡先
基礎素材研究部門

 金属材料の多孔質化は古くから多くの分野で行われ、金属粉末や繊維を焼結して防音材やフィルターに使うことは、同分野での標準的な技術となっている。しかし通常、こうした材料は空隙率が70%以下であり、空隙率が80%を超えるような範囲で一様な構造を有するポーラス金属は、特殊な金属を除き、作製が困難であるため、実用化がほとんどなされてこなかった。

 近年、プロセス技術や制御技術の開発が進み、従来は実現できなかった高い空隙率を有する特徴ある金属材料を作製できるようになり、当研究部門でも積極的にこうした新材料開発に取り組んでいる。

 例えば、生体親和性の高い金属材料である純チタンで空孔径が200〜500ミクロン、空隙率が80%以上というような連通孔構造を実現すると、骨芽細胞が容易に進入し、治癒期間が著しく短くできるため、インプラント材料、例えば人工歯根等に適用でき、効果的であることが明らかになりつつある。写真(a)は低温度で蒸発する球状のスぺーサーを大量に微細チタン粉末に混合し、成形・脱脂・焼結プロセスによって作成した材料構造の顕微鏡写真であり、連通孔構造が効果的に実現していることがわかる。

 また、最軽量の実用材料であるマグネシウム系材料で作成すれば、著しく低い密度の金属構造体が実現する。写真(b)は発泡ポリウレタンを石膏で型どりした鋳型にマグネシウム系材料を真空鋳造し、最後に鋳型を水流にて破砕して作った世界最軽量の実用金属構造体であり、嵩密度50kg/mという驚異的な低密度構造体を実現している。

 さらにまたアルミニウム系材料でのポーラス金属材料は、軽量性でリサイクル性に優れていることはもちろん、図に示すように、こうした構造体が一定圧縮応力下において著しく大きなエネルギー吸収をするため、自動車用材料、特に衝撃エネルギー吸収材料として極めて有望と考えられている。今後、こうした分野で研究を展開する予定である。

(a)
写真(a)
(b)
写真(b)
図
写真(a)人工歯根用に開発した高空隙率のチタン焼結体。
(b)精密鋳造で作製した見かけ比重0.05という超軽量のマグネシウム構造体。
図 ポーラス金属における圧縮時の変形挙動。
極めて大きなエネルギー吸収が実現する。
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光照射による簡易型ガラス着色技術

−着色ガラスのリサイクルへ向けて−
矢澤 哲夫の写真
やざわ てつお 
矢澤 哲夫
矢澤連絡先
生活環境系特別研究体

 毎年百万トンを超えるガラス瓶や板ガラスが色付きガラスの混在のために廃棄されており、これが由々しき環境問題を引き起こしている。さらに、ガラス瓶等の回収に際して、色毎の分別回収が最もコストと手間がかかるのが現状である。

 本技術は、X線、紫外光等の光照射によって着色し、300〜550℃程度の加熱により脱色するものであり、着脱色は何回も繰り返すことが可能である。

 着色の原理(図)は、1)光照射によるカラーセンターの生成で着色(茶系統の発色、写真3)、2)銀超微粒子による着色(黄系統の発色(写真1)、フルカラー着色の可能性がある)、3)イオン価数の変化による着色(紫系統の発色が可能、写真2)、である。

 光照射による着色技術の特徴は、1)装置の維持管理が簡易。2)既存の製造プロセスへの導入が簡単。3)ガラスの表面硬度を損うことなく着色可能。4)全面着色も勿論可能であるが文字、図柄等も容易に描画(当該技術で描画したサンプル例を写真4に示す)。5)ガラスの形状を保ったままでの脱色可能。6)作業環境の安全・浄化、があげられる。

 本技術は、現在使用されている瓶ガラスあるいは板ガラスの組成のそのままか(カラーセンターによる着色)、あるいはわずかの添加物(例えば0.02wt%の銀)によって発色するので、ガラスのリサイクルあるいはリユースに適した新技術である。

 (本技術開発は、新エネルギー・産業技術総合開発機構「NEDO」の委託研究として実施しているものである)

図
図 光照射によるガラスの着色機構
写真1
写真 光照射による通常の板ガラスにおける着色例
■関連情報
  • "A Silver-containing halogen-free inorganic photochromic glass" S. Chen, T. Akai, K. Kadono and T. Yazawa, Chem.Commun., 2090-2091(2001)
  • "Reversible control of silver nanoparticle generation and dissolution in soda-lime silicate glass through X-ray irradiation and heat treatment" S. Chen, T. Akai, K. Kadono and T. Yazawa, Apl.Phys.Lett. 79, 3687-3689(2001)
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世界最速の人体形状計測装置

−素早く・ くまなく・ きれいに体の形を測る−
持丸 正明の写真
もちまる まさあき
持丸 正明
持丸連絡先
デジタルヒューマン研究ラボ

 デジタルヒューマン研究ラボ、および(社)人間生活工学研究センターは、経済産業省の委託事業「環境対応技術開発等:高齢者対応基盤整備研究開発」において、高齢者の体に合った製品設計基盤である人体寸法および人体3次元形状データの蓄積を進めている。これに関連した経済産業省の委託事業「高齢者特性計測機器等開発委託:寸法・形態計測器開発」において、データ蓄積に必要となる、2台の新しい人体形状計測装置(頭部用と全身用)を開発した。

 これまでの装置では、カメラの死角になって隠れてしまう部分(耳の裏、顎の下、脇の下、股の間、バストの下縁など)が多いこと、計測時間が長いため(従来は10秒〜30秒)体が揺れて、計測精度が劣化するという問題があった。今回開発した新しい装置では、高速・高密度なデータ処理が可能な計測カメラを多数採用し、それらを適正配置して隠れ部位を低減するとともに、計測時間を大幅に短縮する(頭部で0.93秒、全身で1.8秒)ことに成功した。全身をくまなく計測し、実用的な精度(頭部で精度0.5mm・解像度1.0mm、全身で精度1.0mm・解像度2.0mm)を備えた装置としては、世界最高速である。当研究ラボが主体となって装置の仕様を決定し、それに基づいて、全身計測を(株)浜野エンジニアリング(写真1)に、頭部用の計測装置は日本電気(株)(写真2)に再委託し、実装した。

 現在、この新型装置を用いて、高齢者200名のデータ蓄積を進めている。今回収集しているデータは、当研究ラボが提唱する「解剖学的対応付けに基づく人体形態デジタルモデル」を構築するために数多くの解剖学的特徴点を同時計測している点が特徴である。このようなデジタルモデルを用いれば、3次元形態の統計処理(多次元分布図、平均形態、標準偏差形態)が可能となり、日本人の体形分布に基づいて、少ないサイズ分類でフィット性を高める効率の良い製品設計に役立つ。このデータは、2002年6月頃から、実用に向けて提供する予定である。

写真1 写真2
写真1 全身形状計測装置と計測データ 写真2 頭部形状計測装置
■関連情報
  • M. Mochimaru, M. Kouchi : Statistics for 3D Human Body Forms, SAE Digital Human Modeling for Design and Engineering 2000 at Dearborn, MI, No. 2000-01-2149 (2000)
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高温用白金抵抗温度計

−新構造により全方向で高い再現性−
新井 優の写真
あらい まさる
新井 優
新井連絡先
計測標準研究部門

 温度は、SI単位系における基本単位の一つであり、日常生活から産業活動に至るまで多くの場面で関わりをもつ物理量である。とくに高温での温度測定の必要性は産業の現場や学術研究において日々高まっている。そこで、当研究部門では温度標準の供給範囲を高温側に拡張する研究を進めている。

 これまで1000℃近くの温度を精密に測定するための技術開発が多くの研究機関で試みられてきた。これに対し温度湿度科では、高純度のアルミナ多孔管により感温白金線を支持する構造の白金抵抗温度計の開発を行っている。

 直径がわずか1.4mmのアルミナ円柱の長さ方向に、14本の孔を貫通させた構造の絶縁支持材を用い、0℃での抵抗が約3Ωとなる感温素子の製作を行った(図1)。この抵抗を測定するための4端子リードを同じ材質の絶縁管に通す構造とし、全体を石英保護管に封入した(写真)。この結果、これまで中温域で用いられてきた白金抵抗温度計に比べ、感温部をきわめてコンパクトにすることができた。温度計としての温度−抵抗特性は、ITS-90注)に規定されている標準用白金抵抗温度計の特性を満たしている。

 この温度計の持つ高い性能を示す根拠として、高温における安定性を挙げることができる。図2は、高純度(99.9999%と推定)の銀の液相・固相平衡温度(961.78℃)の再現性を利用して温度計の安定度評価を行った結果で、高い安定性を示している。銀を封入したセルの周囲温度を制御することにより融解・凝固を繰り返し、その平衡温度付近における温度計の抵抗を測定した結果である。標準不確かさで0.00011℃相当の再現性が得られている。

 実際の産業現場で使われることを想定した特性評価も行った。すなわち、従来の白金抵抗温度計は設置方向を垂直方向に限定することで高い性能が出せるものであった。これに対し、この温度計を6本用い、800℃で垂直と水平方向に設置して比較した結果、ほぼ同じ安定度が得られた(図3)。この結果は、全方向に設置可能な標準級の性能の温度計が産業現場で使用できる可能性を示している。

図1 図2
図1 開発した高温用白金抵抗温度計の感温部の構造 図2 962℃における高温用白金抵抗温度計の安定性
写真1 図3
写真 開発した高温用白金抵抗温度計の概観 図3 開発した温度計を垂直と水平方向に設置した場合の安定性の比較(800℃)
■関連情報
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長距離量子暗号通信

−盗聴を検知できる未来の暗号技術の開発−
吉澤 明男の写真
よしざわ あきお
吉澤 明男
吉澤連絡先
光技術研究部門

 インターネットの普及に伴い研究者や専門家だけではなく一般の利用者にもネットセキュリティーに対する関心が高まっている。

 現代暗号は大きな整数の素因数分解など数学的に難しい問題を利用して解読に膨大な時間を要することで安全性を保証するが、急激な計算機技術の技術革新を考慮すれば、いずれ解読される可能性がある。

 一方、量子暗号は原理的に盗聴が不可能で極めて安全性が高いとされ、欧州では金融分野への導入を意識した研究が近年活発である。量子暗号通信装置では微弱光パルスである光の粒子(光子)1個の位相や偏光に1ビットの情報を載せるが、盗聴されると状態が変化して誤り率が増大することから盗聴を検知できる。但し、正しく検知するためには装置の不具合など盗聴以外の原因による誤り率を低く抑えることが重要である。また、長距離の量子暗号通信を可能にするにはファイバを経由してくる光子を感度良く検出しなければならない。我々は、低雑音受光素子の採用と検出回路の最適化によりファイバ最低損失波長1550nm帯で電子冷却型単一光子検出器の高感度化と低雑音化を行った。さらに、これを図1に示す量子暗号通信装置に組み込み、装置内の光学素子の配置を工夫して誤り率の増大を抑えた結果、図2に示すように、25.2 kmで誤り率1%という世界一低い誤り率を持つ量子暗号通信装置の開発に成功した。この値は第三者による盗聴行為がない状態で盗聴以外の原因(主に検出器の雑音)による誤り率を測定した結果であるが、盗聴があれば誤り率が増大することから盗聴を検知できる。

 図1の量子暗号通信装置において、AはBに光パルスを送り、暗号通信を要請する。これに対して、Bは光パルスを減衰させて単一光子とし、ビット0の場合はそのまま、1の場合は位相を反転させて返送する。反転の有無はAの単一光子検出器で判別する。図2中の白丸は25.2kmに対する単位時間当たりの光子検出数と誤り率を示し、黒丸はファイバを延長する代わりに光減衰器で損失を加えた結果である。

 今後、検出器の性能改善を行い、光子検出数の増大と更なる量子暗号通信実験の長距離化を行う予定である。

図1 図2
図1 量子暗号通信装置 図2 光子検出数と誤り率
■関連情報
  • http://staff.aist.go.jp/yoshizawa-akio/
  • C.H.Bennett : Phys. Rev. Lett., Vol. 68, 3121-3124 (1992).
  • A. Yoshizawa and H. Tsuchida : Jpn. J. Appl. Phys., Vol. 40, 200-201 (2001).
  • M. Bourennane et al. : Opt. Express, Vol. 4, 383-387 (1999).
  • P. Hiskett et al. : J. Mod. Opt., Vol. 48, 1957-1966 (2001).
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