コンピュータには同期用のクロックがある。1000万に及ぶトランジスタに同期用の信号を行き渡らせて、情報の交通整理をしている。一方、脳には水晶クロックはない。しかも、数多くのループがあるので、時間の順序はすぐに失われる。時間にとっては不利な条件が揃っているにもかかわらず、100億もの神経細胞がコンピュータも未だ及ばない高度な情報処理を実現している。
われわれは、脳の中の時間の謎に迫る手始めとして、右手と左手を短い間隔で触った時の時間順序を脳がどのようにして判断しているかを調べることにした。右手に加えた刺激は左の大脳の一次体性感覚野に、左手に加えた刺激は右の一次体性感覚野に、それぞれ到達する(図1)。この左と右の一次体性感覚野に信号が着いたかどうかを監視している時間順序判断のセンター(図1)があるかどうか。それを調べるために、われわれは手を交差した場合と交差しなかった場合の時間順序判断の能力を調べることにした。手を交差してもしなくても、一次体性感覚野までの信号伝達に影響はないから、もし図1の通りなら、時間順序判断には何の変化もないはずである。
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| 図1 時間順序判断のセンターは? |
我々が得た結果は、想像を超えていた。手を交差しない場合は、誰でも右手と左手の刺激時間差が0.1秒あれば確実に正解することができた(図2の白丸)。手を交差しても(赤丸)、刺激時間差が1秒を越えると、やはりほぼ確実に正解することができた。ところが、驚いたことに、刺激時間差が0.3秒以内の場合には、時間順序判断が逆転した。図2の例ではほぼ完全に逆転し、グラフはN字状になった。一方、右手単独、あるいは左手単独の刺激の場合にはどちらの手を刺激されたかの判断を誤ることは無かった。つまり我々の発見した現象は、左右の手の単純な取り違えでは説明できない。手の空間配置が時間順序判断を劇的に変化させたと結論できる。
この結果は何を意味するのか。まず、脳には一次体性感覚野を直接監視する時間順序判断のセンターはない。一次体性感覚野の情報に手がどこにあるかという空間配置の情報を加えて、刺激が空間内のどこにあるか、を計算した上で初めて時間の順序の処理が始まるのだ。つまり「脳の中に再現された空間」に信号を配置してから時間の処理が始まるらしい。脳が時間順序をつけるべき対象は皮膚からの信号に限らない。空間座標には、全ての感覚入力を位置付けることができるから、異種感覚由来の情報に時間順序を付与するにはまさにうってつけな方法であると言えよう。この脳の空間、時間処理の関係に関する新発見は7月号のNature Neuroscience誌に掲載された。






































