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1.はじめに
平成9年京都で開催された地球温暖化防止の国際会議において、二酸化炭素などの温室効果ガスの排出規制の数値目標が定められ、とりわけ先進国では地球温暖化防止のための具体的な対策を講じる必要が生じてきたところである。このような動きから米国カリフォルニア州では2003年までに販売数の10%の自動車を無公害車にするという規制を打ち出した。無公害車としては電気自動車が最も有望でその開発競争が国内外で激しく行われている。電気自動車用バッテリーとして有望なもののうちの一つがリチウムイオン電池であり、ほかに携帯電話やホームビデオ等にも使用されており、リチウムはエネルギー源や新素材に必要不可欠な原料としてその需要が急激に伸びている。特に我が国においては世界有数の自動車メーカ−や電池メーカ−があり、その需要が最も集中すると思われる。世界的にはリチウムは豊富にあるとされているが日本国内にはリチウム資源が無く、海外の資源も外国企業数社に独占されている状況にあるため、安定供給という点でも問題を抱えている。したがって国内でのリチウム資源確保は、日本の将来のエネルギー供給もあいまって最重要課題の一つとなってきた。
そこで国内で考えられる資源というと海水となる。海水には0.17ppmのリチウムが溶存しているが、同じアルカリ金属イオンであるナトリウムが2万倍以上多量に含まれている。ナトリウムはリチウムとよく似た性質を示すため通常のイオン交換型吸着剤ではリチウムは吸着されず、多量にあるナトリウムが吸着されてしまう。
2.イオンふるい吸着剤
この問題を解決するために当研究所で鋭意努力した結果、リチウムイオンを選択的に吸着する吸着剤を開発することに成功した。本吸着剤は、リチウムイオンに適合する鋳型(いがた)が内部に形成され、その鋳型にリチウムだけが特異的に取り込まれることを特徴とした、極めて斬新なものである。すなわち、あらかじめマンガン化合物にリチウムを添加して加熱することによって、リチウムマンガン酸化物を合成する。酸で処理することによりマンガン酸化物骨格の構造を保ったままで選択的にリチウムのみを抜き出し、リチウムのサイズにぴったりの穴(アトムホール)を形成することができる(図1)。

図1.イオンふるい吸着剤の合成とふるい作用
このようにリチウムイオンを鋳型とするので、本合成法をイオン鋳型法と呼ぶ。こうして形成された穴には、より大きなナトリウムイオンやカリウムイオンはいくら多量に存在しても入ることができないためほとんど吸着されない。数としては2万分の1以下のリチウムが選択的にその穴に入る。すなわち、イオンをふるいにかけたように分離できることになる。そこでこのような吸着剤をイオンふるい吸着剤と呼んでいる。
さらに、イオンふるいマンガン酸化物の吸着機構を検討すると、リチウムイオン吸着がイオン交換反応と酸化還元反応という全く異なる2種類の反応で進むことを明らかにした。吸着容量や化学的安定性の面からはイオン交換型吸着剤が海水リチウムの吸着に好適である。固相反応法で合成したLi1.33Mn1.67O4の組成を有するスピネル型マンガン酸化物を酸処理して得られるイオン交換型吸着剤(MnO2・0.31H2O)は、海水から吸着剤1gあたり20 mgのリチウムを吸着する性能を有し、世界で最高レベルにある。
しかしながら、本システムを用いた海水からのリチウム採取では、得られるリチウム化合物のコストが市場価格の2倍以上と見積もられ非常に高いことや、吸着剤を繰り返して使用するには化学的安定性が十分でないことなどの問題点が挙げられる。このような背景のもとで、海水からのリチウム採取の実用化をめざして、2倍以上の吸着容量をもち、化学的に安定な吸着剤の開発を目標として、平成10年度から工業技術院の競争特研「海水リチウム採取用特異的イオンふるい吸着剤の創製」を行っている。

図2.リチウム吸着剤のpH滴定
吸着剤を0.1M(LiOH+LiCl)溶液で滴定した際のpH変化を示す。(a)吸着剤のない場合のブランク滴定、(b)λ-MnO2、(c)Li1.33Mn1.67O4から得られるMnO2・0.31H2O、(d)Li1.6Mn1.6O4から得られるMnO2・0.5H2O
3.リチウム吸着剤の高性能化
海水リチウム採取技術を実用化するためには、我々が提案した「イオン鋳型形成」に基づき、さらに高い吸着性能と化学的安定性を有する吸着剤の開発が必須となる。Li1.33Mn1.67O4の組成式から理論値として最大55 mg/gのリチウム吸着量が計算されるが、海水が弱アルカリ性(pH 8.1程度)であることから、十分な吸着性能を発揮できない現状にある。これは骨格のマンガンの価数が不安定で、わずかに存在する3価のマンガンが原因であることがわかっている。したがって、新型吸着剤設計の指針として、(1)吸着サイトの酸強度を増強させ、(2)骨格を形成するマンガンの価数を安定化させることが求められる。また、高効率化を目指すため、(3)吸着速度を向上させる必要がある。これらを解決する手段として、ひとつには骨格を形成するマンガンの酸強度を増強させるためにマンガンの価数を一様に4価で安定化させる必要がある。一方、吸着速度を向上させる方策として、鋳型結晶の配向性や結晶形態を制御しイオンパスを操作することが有効であると考えている。このような考えをもとに最近高性能吸着剤が開発され、また、鋳型結晶の形状制御を可能とする合成法を見出したので紹介する。
水熱反応法で得られる斜方晶LiMnO2を加熱処理するとLi1.6Mn1.6O4立方晶マンガン酸化物が得られる。本化合物を酸処理するとリチウムイオンの鋳型が形成され、リチウム選択的吸着剤(MnO2・0.5H2O)が得られる。本吸着剤のpH滴定の結果を図2に示す。l-MnO2とMnO2・0.31H2Oの結果も比較のため示してある。l-MnO2とMnO2・0.31H2OではOH-の添加とともに徐々にpHが上昇する。これはこれらマンガン酸化物のリチウムイオン吸着部位の酸強度が均一でないことを表す。また、低いOH-量でブランクのpHに達するが、このことは吸着容量が低いことを示す。これに対し新規吸着剤のpH曲線はOH-量が増加してもpH上昇の度合いは低く、酸強度が高く均一なイオン吸着部位が存在することがわかる。また、pHの上昇は7.5 mmol/gのOH-添加量までみられず、52 mg/gと非常に高い吸着容量が得られた。本吸着剤を用いて海水からの吸着試験を行ったところ40 mg/gとこれまでの2倍の吸着量が確認され、本吸着剤が海水リチウム吸着剤としてきわめて有望なものであることを確認した。このように当初の目標値の吸着量に達するほどの成果が得られつつある。
一方、鋳型結晶の形状制御は硝酸リチウムを融剤として用いる溶融塩法によって可能となってきた。融点や酸化性の異なる融剤を用いてスピネル型マンガン酸化物の合成法を検討した結果、マンガン化合物を400℃と比較的低温で硝酸リチウム溶融塩で処理すると、前駆体のマンガン化合物の形状を保持したままでスピネル型リチウムマンガン酸化物Li1.33Mn1.67O4が生成することを見出した。そこで、形状及び構造の異なるマンガン酸化物前駆体を用いて本方法を適用すると、球状や針状、膜状の前駆体の構造を保ったままLi1.33Mn1.67O4が生成することを明らかにした(図3)。これらを酸処理して得られる吸着剤のイオン吸着部位の特性は、前駆体に依存して異なることがわかってきた。これは形状や内部構造によってイオンパスが異なるためと考えている。リチウム吸着速度についてもこれら形状の異なる吸着剤間で明らかに異なった結果が得られた。このようにイオンパス操作により吸着速度を制御でき、より速い吸着過程を実現できると期待される。

図3. 形状制御したリチウム吸着剤
上が前駆体のマンガン酸化物。左から粒状のg-MnO2、針状のホランダイト型、膜状のバーネサイト型。
下は硝酸リチウム溶融塩で処理した生成物。すべてスピネル型リチウムマンガン酸化物Li1.33Mn1.67O4であるが、前駆体の形状を保持している。
4.おわりに
本競争特研では高性能吸着剤の合成が目標であるが、この2年で非常に優れた吸着剤を開発することができた。今後もさらに高性能吸着剤の開発を目指していくが、同時に吸着技術の実用化のために上述の新規吸着剤の大量合成法を確立することや粉末吸着剤の大量成型法を開発すること、吸着システムを構築することなど、まだまだ多くの課題が残されている。今後、イオンパスの制御を含めこういった課題を大学の先生方や企業の方々の協力を得ながら一つずつクリアして、リチウム採取の実用化に一歩でも近づけたいと考えている。