National Institute of Advanced Industrial Science and Technology (AIST) This page is a page of the former research institute. We stopped updating on March 31.2001.
E-mail to webmaster (Japanese) E-mail to webmaster (English)
資源環境技術総合研究所 ホームページへ

NIREニュ−ス

1998年12月

カーボンナノファイバーによる水素吸蔵

−超軽量水素貯蔵技術は実現するか?−

エネルギー資源部 石炭物性研究室 曽根田 靖

1.水素貯蔵技術の重要性と問題
 現代社会において,水素は合成化学工業や石油精製などに多量に利用されている重要な化学原料である。一方,将来にわたるエネルギー問題と環境問題を解決するために,クリーンでリサイクル可能なエネルギーとしての水素利用技術は重要な位置を占めると考えられ,水素製造,貯蔵・輸送,転換技術の各方面において活発に研究開発が進められている。

 水素の貯蔵・輸送技術においては,水素タンクなど極めて大規模な物を除き,いわゆる水素吸蔵合金が主要な役割を果たすと考えられている。特に水素燃料自動車や水素飛行機などの移動媒体においては,制限された体積の中に安全に水素を貯蔵することが必要であり,かつ迅速に水素利用システム(水素燃焼エンジン,燃料電池など)に水素を供給することが求められる。このような目的に対しては,既存の技術である高圧水素ガスボンベや液化水素ボンベでは適応しないからである。しかし,このような場面で主役と目される水素吸蔵合金にも,合金であるが故の重さ(単位重量当たりの吸蔵量が小さい),吸蔵−放出の繰り返しによる劣化(合金の微粉化や構造変化),希少金属を含む場合にはその資源確保など,克服すべき課題は多い。このような背景の下で,軽量,豊富な資源量,多様な構造と物性を持つ炭素材料を用いて水素吸蔵が行えないか検討が続けられてきた。そして,今春カーボンナノファイバー(Carbon nanofiber)による驚異的な量の水素吸蔵が報告された。
2.カーボンナノファイバーとは
 水素吸蔵の結果を紹介する前に,カーボンナノファイバーとはどの様な特徴を持つ炭素材料なのか解説する。

 炭素材料には,ガスケットなどのシート状,製鋼用黒鉛電極などのブロック状,カーボンブラックや活性炭などの粉末など様々な形態がある。最も身近な炭素材料はテニスラケットやゴルフクラブのシャフト,釣竿などに使われている炭素繊維(カーボンファイバー)であろう。これらの製品では,プラスチックなどの樹脂を炭素繊維で補強した炭素繊維複合材料が用いられている。

 炭素繊維は最も良く知られた繊維状の炭素である。水素ガスを多量に吸蔵すると報告された炭素は極めて微少な繊維状の形態をしており,カーボンナノファイバーと呼ばれているが,一般の炭素繊維=カーボンファイバーとは全く異なる材料である。また,繊維状の形態を持つ炭素としてはカーボンナノチューブも注目を集めている。このように繊維状の形態を持つ炭素にはいくつかの種類があるのでその分類を表1に示す。

表1 繊維状炭素の性状

  繊維径 長さ 炭素網面の
繊維軸に対する配向
断面の組織
炭素繊維
(Carbon fiber)
約10μm ほぼ無限大 平行 放射状、ランダム、同心円状など
繊維状炭素
(Carbon nanofiber)
10−1000nm 〜数μm 平行、傾斜、垂直 同心円錐状、同心円状、平板状
カーボンナノチューブ
(Carbon nanotubes)
1−10nm 数10nm−数μm 平行 同心円状
 炭素繊維は実際に繊維としての形状を持っており,繊維径が数μm(マイクロメートル1x10-6m)以上,通常は10μm程度である。他の繊維状形態の炭素は極めて微少なために,肉眼ではその形態を確認できず微粉末のように見える。炭素繊維は,繊維や織物状に加工され,複合材料の重要な強化材料となっている。一般に,炭素繊維は有機物高分子繊維を炭素化することにより合成される。

 炭素繊維や他の繊維状形態の炭素,他の炭素材料とを比較して特性,分類を理解するためには炭素材料の構造と組織を理解する必要がある。多くの炭素材料中の炭素はsp2混成軌道によって平面的な炭素網面を形成し,異方性の強い層状結晶となっている。最も結晶の発達したものが黒鉛(graphite)であるが,一般の炭素材料中では微結晶や構造の乱れた乱層構造炭素として存在している。いずれにしても,異方性の強い結合のため,材料中での炭素網面の配向が材料の特性に大きく影響している。このような炭素網面の配向の様式を組織(texture)と呼ぶ。炭素繊維中の炭素網面は繊維軸に対して平行に配向しており,その配向の様式は繊維軸に対して放射状や同心円状などの組織に分類される。

 カーボンナノチューブ(Carbon nanotubes)は最も微細な繊維状の形態であり,その直径は最も小さいものでは1nm(ナノメートル1x10-9m)となる。これはフラーレン(C60)分子1個の直径に相当するものであり,炭素原子の幾何学的な配置からそれ以下の細い繊維は存在しない。つまり,フラーレン分子半分を輪切りにして,その半球二つを繋ぐように炭素原子を増やしていったものが最小のカーボンナノチューブという事になる。一本のナノチューブを取り囲んで,入れ子になっている多層ナノチューブも観察されているが,その直径は数nm程度である。カーボンナノチューブは炭素電極を用いたアーク放電により合成されるが,金属微粒子触媒を用いて炭化水素ガスを熱分解して合成する手法も報告されている。カーボンナノチューブでは炭素網面が常に繊維軸に平行で断面は同心円(年輪)状となる。

図1 カーボンナノチューブと炭素繊維の中間の繊維径を持つものが繊維状炭素あるいはカーボンナノファイバー(carbon filamentあるいはcarbon nanofiber)と呼ばれる。その太さは10〜数100nm,長さは数μm程度で範囲が広く,合成条件によってその大きさが異なる。炭素の原料としてはエチレンなどの炭化水素ガスや,一酸化炭素が用いられる。カーボンナノファイバーは,鉄やコバルトなどの金属触媒を用いて,気相の炭素源を適切な条件下で熱分解することにより合成される。繊維状炭素の組織としては,炭素網面の繊維軸に対する配向が,平行,垂直,傾斜の3種類が知られている(図1)。炭素網面が繊維軸に対して垂直あるいは傾斜している組織はカーボンナノファイバーに特有のもので,他の繊維状形態では見られない。そして,この2種類の組織においては,炭素網面から成る層状構造の端面が繊維の外側に並んで露出することになる。この特徴ある組織が他の炭素材料にみられない水素吸蔵等の性質をもたらすと考えられる。

3.Carbon nanofiberによる水素吸蔵
 米国Northeastern Univ.のRodriguezらは,ある種のカーボンナノファイバーが室温で1g当たり20リットルを越える多量の水素を吸蔵すると報告した1)。彼女らはニッケルと銅の硝酸塩水溶液から,共沈法により両者の金属を含む炭酸塩を沈殿させ,それを400℃,4時間焼成する事により酸化物とした後,水素雰囲気中で還元することによってカーボンナノチューブを合成するための触媒を得ている2)。この複合金属触媒を用い,エチレンガスと水素からなる混合ガスを600℃で分解することにより,触媒金属を成長核として微細な繊維状の炭素質を得た。その炭素質の透過電子顕微鏡(TEM)写真より,炭素網面が繊維軸に対して垂直に積層している物(platelet),約30度の角度を持って傾斜して配向している物(herring-bone),繊維軸に対して平行に配向している物(ribbon)が作り分けられると報告している3)。これらの異なる組織を持つカーボンナノファイバー約0.5gを,ステンレス製のサンプルセルにいれ,約100気圧の高圧水素に曝した後,24時間圧力変化を測定した。その結果,試料ごとにばらつきがあるが,herring-bone構造のカーボンナノファイバーでは,24時間後にサンプルセル内の圧力が40気圧まで減少することを見い出した。試料室の容積,試料重量と水素圧力の減少量から,試料1g当たり23.3リットルの水素が吸蔵されたと報告したのである。この吸蔵量は,米国エネルギー省のHydrogen Programでの目標値(62Kg-H2m-3)をはるかに越え,既存の水素吸蔵合金と比較しても体積当たりで数10倍になると考えられる。

 この驚異的な水素吸蔵量について,彼女らは黒鉛の積層構造の層間をガス吸着に適したナノポア(微小な孔隙)と仮定して説明を試みている。ナノポアに吸着したガス分子はナノポアの壁と強い相互作用を持つことは近年の吸着理論により指摘されている。ナノポア内で吸着分子と壁,吸着分子同士が強い相互作用を持つ結果,相転移が生じ,引き続いて黒鉛層間内で水素分子が毛管凝縮を起こし,同時に層間隔が広がることによって多分子層吸着も起きるとしている。しかしこれらの説明は全て推測であり,実験的に説明し得る裏付けがない。また,論文中に記述された水素吸蔵合金(LaNi5)による参照実験では,水素吸蔵がほとんど起きていないなど実験手法に何らかの問題があるのではないかとの指摘がされている。吸着等温線等の一般的な評価手法を用いないことなども多くの研究者に疑問を持たれている原因である。
4.一酸化炭素からの繊維状炭素と水素吸蔵
 我々は,一酸化炭素から金属表面に生成する繊維状炭素の生成機構と構造の関係について詳細な検討を行ってきた。一酸化炭素と水素の混合ガスは合成ガスと呼ばれ,化学合成原料として利用されており,溶融炭酸塩型燃料電池などの燃料としても用いられる。一方,一酸化炭素を含むガスが高温でステンレスなどの金属部材と接触すると炭素質が析出し,プラント操業の妨害となることが指摘されている。この炭素析出反応は,ステンレス中の鉄やニッケルの触媒作用によるもので,析出物の電子顕微鏡観察から繊維状炭素が生成している事が明らかとなった。我々は炭素質析出条件とそのメカニズムを詳細に検討し,反応条件によって析出する繊維状炭素の構造が大きく変化することを明らかにした。その構造は,Rodriguezらの水素吸蔵実験に用いられたカーボンナノファイバーと酷似するものである。この構造の類似性をもとに,析出炭素質の物性の一環として水素吸蔵能の検討を行った。

図2 炭素析出反応に用いた実験装置はパイレックス製の閉鎖循環系で,循環ポンプによって基板金属上に反応ガスを循環流通させる構造である。横置型の石英製反応管が所定の温度に達した後,一酸化炭素と水素を所定の濃度に混合した反応ガスを流通させた。基板はステンレス(SUS321, 30x50x1mm)をn-ヘキサンで脱脂した後,18% HCl中で15分間超音波洗浄を行い清浄表面として実験に供した。析出した炭素質は基板上から剥離し,粉末法X線回折測定,走査型電子顕微鏡(SEM)および透過型電子顕微鏡(TEM)観察を行った。

 CO20% (H2バランス)の混合ガスを,550℃に保持したSUS321基板上に100時間循環させた場合に,無数の繊維状炭素が緻密に絡み合い,フェルト布のようになった生成物が得られた。SEM観察より,単独の繊維の形状は繊維直径約40−300nm,長さは最大で5μm程度の間で幅広く分布していることが分かった(図2a)。高倍率の観察から,中空のチューブ状の繊維構造が示され,一方の末端には電子線不透過な100nm程度の粒子が観察され,ステンレス由来の金属粒子により中空の繊維状炭素が得られた事が明らかとなった。

 図2bにチューブ状炭素のTEM像を示す。炭素質の積層構造が繊維軸に対して一定の角度を持って発達し,円錐型構造(conical structure)を形成している。中空チューブの内径と,壁に相当する部分での積層構造の繊維軸方向に対する傾きは,成長端にある金属粒子の結晶癖を反映している。X線粉末法回折図形からは,生成した炭素質は3次元積層秩序を持たない乱層構造炭素であることが分かった。


図3 CO80% (H2バランス)の混合ガスを,550℃に保持したSUS321基板と接触させた場合,断面が扁平なplatelet状になっていることが示された(図3a)。TEM観察からは,この場合の繊維状炭素は中空部分のない密に詰まった炭素質であり(図3b),炭素網面の積層は繊維軸方向に対して完全に垂直になっている事が明らかとなった。このような構造は,炭素網面の積層が黒鉛構造のc軸方向に特異的に成長していることを示唆している。X線回折図形からは,3次元規則構造の発達した極めて結晶性の高い黒鉛構造を持っていることが明らかとなった。

 水素吸蔵試験は水素吸蔵合金の評価に用いられるPCT測定用自動高圧ジーベルツ装置により行った。測定は定容法で,試料室を真空にした後,既知量の水素ガスを一定の温度において導入し,平衡に達した圧力値を読みとるものである。導入圧力を変えて順次測定を行うことで,ある温度での吸着(脱着)等温線を測定することが出来る。この方法によって0−330℃,0−30気圧の水素加圧下での水素吸脱着等温線を測定した。その結果,330℃で最高約1.5wt%(30気圧下)の水素吸蔵が認められた。Rodriguezらの結果と単純に吸蔵量のみを比較すると約1/120という小さな値である。しかし,結論を急ぐことは出来ない。お互いの実験では水素吸蔵の条件が大きく異なるからである。彼女らは炭素試料を100気圧の水素雰囲気に置き,40気圧までの圧力減少を測定しているので,我々の測定とは完全に圧力範囲が異なる。また,彼女は水素吸蔵に先立つ炭素試料の前処理を厳密に行う必要があること,試料ごとのばらつきが大きいことも指摘している。

 一方,興味深いことに,我々の測定では室温付近での水素吸蔵は認められず,高温になるほど水素吸蔵量が増加する傾向が認められた。また,吸着等温線には吸着−脱離過程でのヒステリシスは認められなかった。これらの結果は,比較的結合力の弱い化学吸着の可能性を残しており,黒鉛結晶の層間に水素が侵入する形での吸着現象が起きているのかもしれない。もし,適切な条件下において水素が黒鉛層間に侵入することが出来るのであれば,多量の水素吸蔵が起きる可能性があると考えられる。

5.おわりに
 Rodriguezらの報告した炭素材料による驚異的な量の水素吸蔵について,他のグループによって再現したとの報告はまだない。11月の炭素国際会議(東京)においても彼女が吸着等温線などの古典的解析手法に対して否定的な発言をしたため,懐疑的な視線を送る研究者が多いことは事実である。一方,我々のpreliminary resultsは繊維状炭素によって僅かながら水素吸着が起きることを示した。繊維状炭素は多孔質炭素材と比べると極めて表面積が小さく,孔隙による水素吸着量も極めて小さい。高温で水素吸着量が増加する現象も化学吸着を示唆するとも考えられ,黒鉛結晶層間による水素吸蔵の可能性を否定するものではない。炭素材料による超軽量水素貯蔵技術の探索は,これから検討が本格化するであろう。
参考文献
1) A. Chambers, C. Park, R.T.K. Baker and N.M. Rodriguez, J. Phys. Chem. B, 102, (1998) 4253-4256.
2) M.S. Kim, N.M. Rodriguez and R.T.K. Baker, J. Cat., 131, (1991) 60-73.
3) N.M. Rodriguez, A. Chambers and R.T.K. Baker, Langmuir, 11, (1995) 3862-3866.

エネルギー資源部石炭物性研究室 曽根田 靖



NIREニュース(1998年)目次へ研究紹介ページへ

National Institute for Resources and Environment