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NIREニュ−ス2000年6月

資源・エネルギー・環境問題とハイドレート

−ハイドレートを利用した炭素管理技術−

地殻工学部 海底工学研究室 清野 文雄

Q.エネルギー問題の将来見通しはどうなっていますか?
 2000 年現在、地球上の人口はすでに,60 億人を突破しています。先進国の人口は約12 億人で一定していますが,開発途上国の人口は爆発的に増加しており、21 世紀中ごろには90 億人に達すると見込まれています。
 私たちの生活にはエネルギーは必要不可欠です。今後開発途上国の産業化の進展に伴いエネルギー需要は爆発的に増大します。化石燃料には限りがあり,エネルギー問題が顕在化することは必至の情勢です。
Q.エネルギー資源としてのハイドレートの歴史と将来性について教えてください。
 天然ガスは,単位エネルギー生産量当たりの二酸化炭素排出量が最も少ないクリーンなエネルギーとして知られています。これまで天然ガスは,在来型の天然ガス鉱床から採取されてきましたが,今後は,新たな海洋資源であるメタンハイドレートから供給されることになると考えられています。
 ハイドレートとは,包接化合物の一種で,水分子が形成する籠の中にガス分子が取り囲まれて存在するという特異な構造を持っています。ハイドレートが歴史に登場するのは古く,1810 年にDavy が塩素ガスを溶解した水が純水よりはるかに容易に凝結することを見出したことに始まります。その後,1930 年代になり,天然ガスパイプラインでハイドレート生成を原因とした閉塞事故が多発し,メタン,エタン,プロパン等の天然ガス種およびその混合気体のハイドレート生成条件が精力的に研究されました。
 一方,1967 年,Messoyakha (ソビエト連邦)において,メタンハイドレート鉱床の存在が確認され,1969年以来10年間で約5×109m3の天然ガスが生産されました。その後,West Prudhoe Bay (アラスカ),MacKenzie Delta (カナダ),Gulf of Mexico (アメリカ)等の海域でもメタンハイドレートの存在が確認されました。これら,メタンハイドレートの賦存量は陸域で数十兆m3 ,海域で数千兆m3 と見積もられており,世界の天然ガス確認埋蔵量の数十倍であることから,新たな天然ガス資源として脚光を浴びています。我が国近海では、オホーツク海、奥尻海嶺,千島海溝周辺,西津軽海盆,南海トラフなどがメタンハイドレート開発のための候補地になっています。
Q.メタンハイドレート開発の技術的な難しさはどこにありますか?
 通常,ハイドレート生成のためには(1)水の存在,(2)ガスの存在,(3)低温,(4)高圧の4 条件が満たされる必要があります。自然界でこの4 条件を満たすのは陸上の凍土地帯と海底の堆積層です。まず海底堆積層中であれば水は大量に存在します。メタンガスは堆積層中の有機物が微生物により分解され発生します。深海底であれば温度は大体4℃前後,しかも水圧が作用します。深度500mで5MPa,1000mで10MPaもの圧力になります。ハイドレートの生成には十分な条件です。したがって,メタンハイドレートは希少物質ではなく,以上述べた4 条件が満たされるところには必ず存在する物質であるといえます。
 しかしながら,ハイドレートを資源として利用するためには数多くの困難な課題を克服しなければなりません。通常の石油,天然ガスは,液体,または気体として存在しており,それ自体に流動性があります。したがって井戸を掘れば,鉱床内を移動して自噴いたします。一方,メタンハイドレートの場合には海底堆積層内に固体として存在しています。砂層の中に氷の層が幾層も挟まれている状態,または泥の中に氷の塊が散在している状態を想像してください。したがって井戸を掘っただけでは自噴しません。
 これを水とメタンガスとに分解して流動可能な状態に変化させることが必要です。また,生成したメタンガス気泡をどのようにして効率よく集めるかという問題も存在します。さらに,メタンハイドレートは大量に賦存しますが1箇所に濃集しているわけではありません。むしろ,その逆に,薄く広く散在していると考えた方が正しいのです。
Q.どのようにして,メタンハイドレートを採取するのですか?
 図1 は,メタンハイドレートの採取システムの概念を示します。先に述べたようにハイドレートは固体として存在しており,自噴は期待できません。鉱床が水平方向に広がり,上層が難透水性である場合には,1本の井戸から蒸気や熱水を注入して堆積層の温度を上げて,まず,メタンハイドレートを分解します。蒸気や熱水の代わりに暖かな海洋表層水を使うことも検討されています。次に,もう1本の井戸からガスリフトを用いてメタンガスを採取します。ガスリフトの代わりにポンプを用いて吸い上げることも可能です。
図1メタンハイドレート採取システム

図1メタンハイドレート採取システム

Q.地球環境問題の将来見通しはどうでしょうか?
 エネルギー問題の一方で,化石燃料の使用は,地球温暖化という深刻な問題を引き起こそうとしています。大気中の二酸化炭素濃度は,産業革命開始以降増えつづけ,現在では0.037%となっています。エネルギー消費の抑制,二酸化炭素を発生しない新エネルギーの開発が叫ばれてはいますが,依然として毎年1.5ppm の割合で大気中の二酸化炭素濃度は増加しています。
 これらの問題を解決する鍵もハイドレートが握っています。
Q.なぜ,地球は温暖化しているのですか?
 地球温暖化ガスと呼ばれるのは,二酸化炭素,フロン,メタン,亜酸化窒素,水蒸気の5 種です。これらのガスの地球温暖化に与える効果は異なっていますが,だいたい,二酸化炭素の寄与が2/3 を占めるといわれています。これらの地球温暖化ガスは,地表からの放射エネルギーを吸収して宇宙空間への熱の放出を妨げる働きをします。したがって,これらの気体の濃度が増せば太陽からの放射エネルギーと地表から宇宙に向かう放射エネルギーのバランスが崩れ地表付近の大気の温度が上昇することになります。これが地球温暖化現象です。
Q.地球の温暖化をどのようにして防げばよいのですか?
二酸化炭素を大気中に放出することができない以上,それを大気中以外の場所に封じ込めておかなければならないのは当然のことです。地球上で炭素は,大気,海洋,堆積物,生物圏をさまざまな変遷を経ながら巡回しています。大気以外の場所は海洋,堆積物,生物圏です。このいずれかの場所に固定する以外に選択肢はありません。
 現在,年間71 億トン(炭素換算)の二酸化炭素が大気中に放出されています。このうちの45%は大気中にとどまり,28%が海洋に吸収されています。特に海洋は鉛直方向に,表層,中層,深層から構成された成層構造をなしており,表層水は大気や大洋から直接影響を受けるため運動は大きく変化しますが,深層水は密度が一定で極めてゆっくりと運動します。下に行くほど密度が高くなり安定した成層構造を保っています。深層であれば,数百年から数千年のオーダーで二酸化炭素を固定しておくことができます。
.二酸化炭素の海洋固定法のアイデアにはどのようなものがありますか?
 海洋の持つ二酸化炭素吸収能力を利用した二酸化炭素の固定方法がいくつか提案されています。図2 にその例を示します。例えば,火力発電所から回収した二酸化炭素を液化してタンカーに積み込み,航行しながらパイプを用いて液体二酸化炭素を薄く広く放流する方法があります。また,深海底の窪地を利用して液化二酸化炭素のプールを作り溜め込んでおくことも考えられています。GLAD システムと呼ばれ,火力発電所や製鉄所から排出される大量の二酸化炭素ガスをパイプラインを通じて逆U 字型溶解管に圧送して海洋に固定する方法も提案されています。また,海底下の地層中に封じ込めることも試みされています。例えば,ノルウェーでは現在,天然ガスから分離回収された二酸化炭素を海底下1000mの砂岩層に封じ込めています。これら以外にも海底堆積層中に二酸化炭素ハイドレートとして固定する方法が有望です。
図2 二酸化炭素の海洋固定法のアイデア

図2 二酸化炭素の海洋固定法のアイデア

Q.二酸化炭素の固定にハイドレートをどのようにして利用するのですか?
 メタンハイドレートの場合には,水分子が作る籠構造の中にメタンの分子が含まれていたわけですが,今度は二酸化炭素の分子をハイドレートの籠の中に閉じ込めます。二酸化炭素ハイドレートを作るのに必要な条件もメタンハイドレートの場合とまったく同じです。すなわち,(1)水,(2)ガス,(3)低温,(4)高圧の4 条件です。メタンハイドレートと比較すると二酸化炭素ハイドレートは,より低圧条件で生成します。例えば5℃におけるメタンハイドレートの平衡圧力は4.3MPaですが,二酸化炭素ハイドレートの平衡圧力は2.2MPa です。したがって,現在メタンハイドレートが存在するといわれている堆積層であれば,そのまま二酸化炭素のハイドレート化固定に利用することができます。
Q.ハイドレート化固定法の利点を教えてください。
 二酸化炭素固定技術として必要な要件は,環境への影響が少ないこと,長期間固定できること,経済性等です。放流方式または溜め込み方式では,液体二酸化炭素が直接海水に触れるため,海水のPh が酸性側に移動し環境に対して大きな影響を与える恐れがあります。また,海底下の砂岩層に注入する方式では,二酸化炭素は砂岩層内を流動可能であるので長期的に固定可能であるか疑問があります。断層等を通して大量の二酸化炭素が噴出した場合,生物に対して甚大な被害をもたらします。
 これらの方法に対してハイドレート化固定法は海底堆積層中に固体として二酸化炭素を封じ込める方法ですので,長期間安定して二酸化炭素を固定することができます。さらに万一,二酸化炭素が堆積層中から漏れたとしても今度は膨大な二酸化炭素包蔵能力を持つ海洋がこれらを吸収してくれます。すなわち,二酸化炭素のハイドレート化固定法は二重に安全な方法です。
Q.二酸化炭素の分離にもハイドレートが利用できるそうですが,なぜですか?
 ハイドレートは水の分子が集まってできた籠の中にガス分子が1 つずつ存在するという特異な構造をした物質です。図3に水分子が作る籠構造の模式図を示します。水の分子は多角形の頂点に位置し,互いに電気的な力によって引き合っています。さらに,この籠の中にはガス分子が1 つ含まれます。籠の中に含まれる分子はゲスト分子と呼ばれ,アルゴン,酸素,窒素,キセノン,メタン,二酸化炭素,一酸化窒素等のいろいろな種類の分子がハイドレートのゲスト分子となり得ます。メタンガスと水の分子が出会えば,メタンハイドレートが生成し,二酸化炭素と水の分子が出会えば二酸化炭素ハイドレートができるわけです。
図3 水分子が作る籠構造

籠を作っている水分子の数により3種類の籠があります。
aは20個、bは24個,cは28個の水分子からできています。

図3 水分子が作る籠構造

 ゲスト分子の種類によって多種多様なハイドレートができますが,ハイドレートの籠への捕捉性はゲスト分子の種類により異なります。この性質を用いることにより,ある特定の種類のガスだけをハイドレートの籠を使って分離することができます。
Q.具体的な物質分離の仕組みについて教えてください。
 ハイドレートの分子選択性には2つの機構が関係しています。そのうちの一つは,分子の大きさです。アルゴン,酸素,窒素等,いろいろな種類の分子が存在しますが,その大きさは分子の種類によって異なっています。
 一方,ハイドレートの籠の大きさは決まっています。したがって,籠の中に程よく入る大きさの分子でなければなりません。籠の大きさと比較して大きな分子の場合には籠の中に入りきらず,ハイドレートを生成しません。
 また,籠の大きさと比較して小さすぎる分子の場合には籠の隙間から逃げてしまい,やはりハイドレートをつくりません。すなわち,ハイドレートは分子の大きさに基づく分子認識性を持ちます。
 次に,ハイドレートの籠構造を形成する水分子とガス分子との間に働く分子間力の大きさが関係します。一般に,分子間には力が働きます。分子間の距離が近い場合には斥力が,分子間の距離が離れている場合には引力が作用します。このような分子間力の大きさは分子の種類によっても異なります。ハイドレートの籠を作っている水分子とガス分子との間に働く斥力が大きい場合には,その分子は籠の中で不安定です。逆に斥力が小さい場合には,籠の中で安定です。すなわち,ハイドレートは,ゲスト分子−水分子間相互作用ポテンシャルに基づく分子認識性を持ちます。
Q.燃焼排ガスにこの原理を適用するとどうなりますか?
 メタンの燃焼排ガスから二酸化炭素を分離する場合,二酸化炭素以外に含まれている成分は,主として窒素と酸素,あとは水です。水はそのままハイドレートの籠を作るのに利用できます。残りの窒素,酸素,二酸化炭素から二酸化炭素が分離できればよいわけです。ハイドレートは分子の大きさと分子間ポテンシャルの差という2つの機構により分子認識を行いますが,窒素,酸素,二酸化炭素を比較すると,二酸化炭素が最もハイドレートの籠に捕らわれやすい性質を持ちます。したがって,水の分子は窒素,酸素,二酸化炭素の分子に出会うと二酸化炭素分子の周りにだけ籠を作り二酸化炭素分子を捕まえます。
 この原理を実用化するためには,水と排ガスを低温・高圧環境下で効率よく接触させることがまず必要です。接触効率を上げるための方法としては,例えば,水を微粒化して噴射する方法が提案されています。図4 はその装置を示します。
 ハイドレートを用いた回収技術が実用化されれば,低コストで大量処理が可能になります。水以外に薬剤を使用しない非常にクリーンな技術として期待されています。
図4 ハイドレートを用いた二酸化炭素の分離回収 図4 ハイドレートを用いた二酸化炭素の分離回収
排ガス中のCO2は水と出会うとハイドレートを生成し,反応塔内に堆積する。一方,CO2を除去された排ガスは反応塔から排出される。 生成したハイドレートを分解すると,水とCO2とが得られ,反応塔内からCO2が回収される
図4 ハイドレートを用いた二酸化炭素の分離回収
Q.ハイドレートを核とした環境管理技術の将来はどうなりますか。
 海底堆積層中のメタンハイドレートを分解して得られたメタンガスを燃料として火力発電を行い,発生した二酸化炭素をハイドレート分離し,さらに,二酸化炭素ハイドレートとして海底堆積層中に固定するという一連の技術を用いることにより,環境中に負荷物質を放出することのない一連のサイクルが完成します。すなわち,堆積物中に存在していた炭素は,エネルギー源として使われた後,大気中に放出されることなく再び堆積物中に戻されます。炭素そのものはメタンから二酸化炭素へと形を変えますが,これを堆積物中に固定しておく役目は常に水の分子が作る籠,ハイドレートが果たすわけです。

地殻工学部 海底工学研究室 清野 文雄