地質Q&A
今月のトピックス:モナザイト
地質相談所で最近お受けした質問の一部に回答を加えて載せてあります。ぜひ皆さんの参考にしてください。
また、いろいろな質問をいつでもお受けしていますので、電話・ファクス・メールなどで、どんどんお寄せ下さい。
地質図の入手方法
地質図はどこで入手できますか
|
-
1.地質調査所で発行している地質図は
-
A. 出向いて実物を見てから買う場合:
- a.
- 地質調査所標本館受付, Tel. 0XXX-XX-3750, つくば市東1-1-3
- b.
- (社)東京地学協会,
Tel. 03-3261-0809, 東京都千代田区二番町12-2, 地下鉄麹町下車日本テレビ向かい
- c.
- 関西地図センター,
Tel. 075-761-5141, 京都市左京区吉田本町27-8, 農学部バス停前
-
B. 通信販売で購入する場合:
地学情報サービス(株),
Tel. 0298-56-0561, Fax. 0298-56-0568,E-mail gsis@kb3.so-net.ne.jp
-
2.地質調査所以外で発行される地質図もあります.
- 各県発行の地質図や土木地質図(関東地方・中部地方・北陸地方20万分の1)は内外地図(株)[Tel. 03-3291-0338, -0830, Fax. 03-3291-7986]で入手可。
-
3.地質図の概要の問い合わせ,目的の地質図を探す方法などは地質調査所地質相談所へご連絡下さい。
-
Tel. 0XXX-XX-3540, Fax. 54-3569
E-mail soudan@gsj.go.jp
|
岩石の分析
岩石の分析をしてほしいのですが.
|
|
地質相談所に岩石をお持ちになれば、肉眼鑑定は無料で行います.化学分析やx線分析などの機器分析は業務多忙のため民間会社をご紹介いたします.
|
石油と石炭
私は中学校の教諭です.石油と石炭についてお尋ねします.中学校で石油も石炭も過去の植物が地層の中で変化してできると教えています.なぜ植物がある時は石炭に,また,ある時は石油に変化するのですか.生徒の疑問でもあり,私の疑問でもあります.
|
石油の起源は泥岩の中に分散して存在する有機物です.それらは,湖や海の表面付近にいるプランクトンの死骸のこともあるし,川から運ばれた陸上の植物の破片のこともあります.海や湖の底に堆積した地層の中には,いろいろな起源の有機物が混ざって存在します.それらが地中深く埋没すると,熱と反応時間によって有機物の化学結合が切れて,比較的大きな分子の有機化合物ができます.これが石油です.
ただし,地層の中に分散していたのではダメです.できた石油は泥岩から移動して,隙間の多い砂岩の中を,浮力によって上に向かってさらに移動します.石油が背斜構造と呼ばれる馬の鞍のような地質構造のところに貯まっているのは,このためです.
また,ある程度の量が貯まらないと,生産しても採算がとれないということになります.もちろん,液体だけでなくメタンやエタン・プロパンなどのガス成分も一緒にできます.これらは天然ガスと呼ばれています.できたものが石油がである理由の一つは,起源となった生物が液体を作りやすい化学構造を持っていたためで,そのような生物が植物プランクトンなどです.陸上の植物の破片からは,天然ガスができやすいです.
一方,石炭のもとになる植物が堆積したところは,湿原(例えば釧路湿原)のような水深のごく浅いところや,寒冷地の湿地,例えば尾瀬ヶ原やイギリスの泥炭(ピート)地などの植物が枯れても分解しにくいところです.現在そのような所に生える植物は,葦などのような草,シダ類から樹木まで様々ですが,基本的に陸上の植物です.
しかし,植物も地質時代の間に進化しているので,古生代の石炭はシダ植物,中生代の石炭はシダ植物と裸子植物,新生代の石炭は裸子植物と被子植物を起源とするというように変化してきています.そして非常に長い期間の間に,あまり砂や泥を含まない有機物を主体にした地層として堆積します.
さらに長い時間がたち,砂や泥からなる地層が上に次々に堆積すると,有機物からなる地層は地下深くに埋没することによる温度と圧力の上昇から,その化学組成と(植物)組織を変化させ,泥炭>褐炭>亜瀝青炭>瀝青炭>無煙炭と変化していきます.
この過程での化学反応で,主としてメタンからなる天然ガスが生成し石炭層の中に貯まっているため,炭田での爆発事故の原因となります.また元の植物の種類によっては,石油のような液体を作ることもあります.ただし,このようにしてできた石油やガスは,石炭の中に閉じ込められていることが多く,そこから移動して石油鉱床を作ることは少ないです.石炭起源の石油・天然ガス鉱床としては,日本では常磐沖ガス田や勇払ガス田が知られています.
参考文献:
岩波講座「地球科学」14「地球の資源/地表の開発」第2章(1979)
地学団体研究会編 新版地学教育講座4「岩石と地下資源」第4章.東海大学出版会(1995)
(金子 信行・佐藤 岱生)
|
せきたん通り
アメリカオハイオ州シンシナチの西のアディストンにSEKITAN Avenueという通りがあります.この名前は1881年(明治14年)には存在していたことが分かっています.この町はこの頃(19世紀末)産炭地のペンシルベニアから船で運ばれてきた石炭を鉄道に積み替える中継地であったと言うことで,日本語の「石炭」であることはほぼ確実です.「ライマンが石炭という名前を持ち帰ったのではないか」と考えていますが,何か裏付けになる資料はありませんか.
|
お問い合わせの「せきたん通り」について,本地質ニュースに連載されている「ライマン雑記(副見恭子)」から,ライマンの来日と帰郷の日時が判りましたのでお知らせいたします.残念ながら「せきたん通り」という名前をライマンが持ち帰ったかどうかは分かりませんでした.
ライマンは1872年12月17日にサンフランシスコを出帆して1873年1月18日に横浜に到着しました.蝦夷地(北海道)の地質測量調査や石炭・石油の調査を行い,日本で初めての色刷り地質図を作成し,多くの日本人ジオロジストを育てました.
ドイツからナウマンが来日したのに伴い日本政府との折り合いが悪くなり,1880年12月22日横浜を出発して,香港・シンガポール・ヨーロッパを回って1881年5月19日に生まれ故郷のマサチューセッツ州ノーザンプトンに帰着しました.ちなみに地質調査所は翌年の1882年(明治15年)を創立の年としております.
ライマンはかなりの日本語を話したり聞いたりする事が出来たと言うことです.ただ,マサチューセッツ州ノーザンプトンからオハイオ州シンシナチまでは直線で1060km以上で,つくばから稚内くらいと,かなりの距離があります.また,帰着してからすぐに活動を始めたかどうかは定かではありません.
ライマンの弟子の一人である賀田貞一という人が1882年にライマンの「日本油田之地質及ヒ地形図」を完成するため,私費で渡米しました.彼はノーザンプトンのライマンの邸宅に4ヶ月滞在した後,ライマンの世話で7月からペンシルベニア州の地質測量隊に参加したと言うことです.この記述からするとライマンはノーザンプトンを動かなかったように思われます.
1881年には「せきたん」という名前があったという事ですが,ライマンが持ち込んだ可能性は否定は出来ませんが年代的に接近しすぎているような感じがします.もっとも,ライマンはメモ魔でかつ手紙魔でしたので伯父のレスリーなどに書いた手紙がヒントになっていることも考えられます.当時から郵便はかなり発達していたようです.
伯父のJ.P.レスリーは長年にわたりペンシルベニアの地質調査を行い,その報告書と地質図は120巻にもおよびます.ペンシルベニアの地質調査事業の中心人物でした.また,ライマンがジオロジストになるについても大きな影響を与えています.ライマンはレスリーに日本における諸事情を逐一手紙で報告しています.
「せきたん通り」と言う名前にはライマンだけではなくレスリーの存在が無視できないのではないかと想像いたします.(佐藤岱生)
|
活断層資料入手
1)都内で一戸建てを購入したいと考えています。その場所の地質・活断層の有無等々を教えていただくことはできますでしょうか? まだ具体的に「ドコ」とは決めていないのですが…….阪神大震災のこともあり、活断層の有無を一番気にしております。ご相談に出向く場合は、やはり平日になりますよね? 私もなかなか休みがとりにくいこともあり、メール、電話、ファックスの方が助かるのですが・・・
2)現在わかっている神奈川県(特に横浜・横須賀)の活断層の位置・大きさがわかる文献等がありましたら教えてください。
3)山口県の活断層の場所が記載された地図を探しています。どのようなものがありますか.また購入方法を御教授下さい。
4)活断層が地図上に描かれた図面を探している者です。日本全国の活断層を詳しく知りたいのですが、そのようなものを入手する方法をお教え頂けないでしょうか。
|
地質調査所では「50万分の1活構造図」を発行しております.沖縄・南西諸島・伊豆諸島をのぞき,全国で14枚になります(網走・釧路・旭川・札幌・青森・秋田・新潟・東京・金沢・京都・岡山・高知・福岡・鹿児島).これは,活断層・活褶曲・撓曲などの位置と,地盤の様子を表す第四紀地質を多色印刷で示しております.本体価格はほとんどが1600-1900円ですが,「東京」は説明書・過去の地震の震央・プレート境界の等深線図などが付いており,3100円です.
また,活断層に沿った各種の情報を書き込んだ詳しい地質図として,「活断層ストリップマップ」を発行しております.現在まで「阿寺断層系」「中央構造線四国地域」「中央構造線近畿地域」「柳ヶ瀬−養老断層系」「糸魚川−静岡構造線活断層系」「兵庫県南部地震に伴う地震断層−野島・小倉及び灘川地震断層−」が発行されております.
地質調査所発行の出版物の入手法は,
お出かけになって購入されるなら,麹町の「東京地学協会」(Tel. 03-3261-0809),関西地図センター(Tel. 075-761-5141),あるいは地質標本館受付(Tel. 0298-61-3750)で現物を見て購入できます.
通信販売ならば「地学情報サービス(株)」(Tel. 0298-56-0561, Fax. 0298-56-0568, E-mail gsis@kb3.so-net.or.jp, 住所 305-0045 つくば市梅園2-32-6)が利用できます.代金は郵便振替の後払いです.Fax., E-mailなどで直接ご注文下さいますようお願いいたします.
地質調査所以外の出版物としては,東京大学出版会より「新編日本の活断層」という本が出版されております.これは,40万分の1地勢図に活断層の位置が示され,その名前・活動度・文献などが一覧表で示されております.重要な活断層には説明も付いております.本体価格3万5千円.一般の書店で取り寄せることが出来ます.公共の図書館などには備えておきたい図書です.
また,全国を網羅しているわけではありませんが,都市圏活断層図というものが発行されています.これは25000分の1で,財団法人日本地図センター(03-3485-5414)と言うところで販売しております.地形図を販売している一般の書店で取り寄せることが出来ます.
一般的に言えば,現在東京23区内には顕著な活断層は見つかっておりません.東京の場合,活断層に起因する直下型の地震よりもプレート境界型の地震が懸念されております.大正の関東地震もそれですし,現在最も警戒されている南関東地震と呼ばれているものも,関東地方の下に潜り込んでいるフィリピン海プレートと地表のプレート(オホーツク海プレートまたは北米プレート)との境界付近で発生することが予想されています.
活断層の有無よりもむしろ地盤の硬さ軟らかさが被害に大きく影響します.神戸でも,活断層のあった山側よりも地盤が弱かった海岸沿いの市街地で震度が大きくなり,甚大な被害をもたらしました.東京でも,沖積層の厚く分布する地域は注意が必要でしょう.
地質相談所は,月−金の9:30-5:00に開いております.お出でになるときは事前に日程をお知らせ下さいませ.アポイントなしでは無駄足になる場合がございます.電話・ファックス・E-mailによる相談にもお答えしております.相談所では懇切丁寧にご相談にお答えする所存です.お待ちしております.(佐藤岱生)
|
海水準変動と陸橋
筑波大学病院で小児外科医療に従事している者です.ブタは医療には重要な動物です.スウェーデンのグループとの共同研究を行っておりますが,ヨーロッパのブタとアジアのブタとの関係について遺伝学的に見た系統を整理しているところです.そこで,日本列島と中国大陸とのつながりにつきまして,英文で何かよい文献はございませんでしょうか.
|
ブタの系統というと,それを飼っていたヒトの移動から考えようという話でしょうか.陸橋の話はおもしろいのですが,情報が限られていて難しいのではっきりしたことは申し上げられないことをご承知おきください.
日本列島と中国大陸・ユーラシア大陸がつながっていたのは,ご承知のように氷河期に海水準が下がった時ですね.海水準の変動は汎世界的に起きるわけで,海水準変動曲線を見ながら海底地形図を眺めて見ればどの時期にどこがつながっていたかがわかるはずです.
Rohling et al. (1998) Magnitudes of sea-level lowstands of the past 500,000 years. Nature, v.394, p.162-165.
という論文に最近50万年間の海水準変動曲線が描かれています.古い時代になると曖昧なことがわかります.新しい時代の海水準をもっと細かく描いた図は,
McGuire et al. (1997) Correlation between rate of sea-level change and frequency of explosive volcanism in the Mediterranean. Nature, v.389, p.473-476.
に出ています.ここで最終氷期の最低海水準期(酸素同位体ステージ2といわれる1万8千年ほど前の時期,ウルム氷期)には海水準は120m低下したということになっています.海底地形図を眺めれば対馬の南ではわずかに120mを越える水深の谷地形があります.一応,海で離れていたことになるので,この谷がそれ以降にできたのでなければ朝鮮半島まで歩いては移動することはできなかったことになります.
上記のRohling et al. (1998)は45万年前のステージ12(ミンデル氷期)には140m低下したといっていますので,その時にはもっと簡単に渡れたということになります.14万年前にも120m程度の低水準期がありましたので可能性はあります.時代がさかのぼるほど正確に何メートル低下したというのは不確かになります.
このような海水準変動は70-80万年前からくり返しており,数回の海水準低下期のどのときに陸橋ができていたかはよくわからないのが現状です.本当は,海水準と地形のほかに,上下に動いた地殻変動・浸食作用・堆積作用も考えなければ陸の分布はわからないのですが,何メートル違いがあったといえるほどには良くわかっていないと思います.
第四紀研究という邦文の雑誌に「東アジアから西太平洋へ −陸・海・ヒトのテレコネクション」という特集があります.日本海の堆積物の記録から最終氷期の塩分の収支を検討した松井ほか(1998)では「陸橋にはなっていなかった」とされています.また第四紀の哺乳動物群を検討した河村(1998)は30万年前と50万年前,100〜120万年前にナウマンゾウ・トウヨウゾウ・シガゾウがそれぞれ渡来したが,30万年前以降は日本列島と大陸とは基本的に離れていたと述べています.
この河村(1998)が示した時代にはヒトも一緒に来ても良いはずですね.この論文の参考文献に河村さんの英文の論文がいくつかあげられています.参考までに.
Kawamura, Y. (1991) Quaternary mammalian faunas in the Japanese Islands. The Quaternary Research, v. 30, p. 213-220.
Kawamura, Y. (1994) Late Pleistocene to Holocene mammalian faunal succession in the Japanese Islands, with comments on the Late Quaternary extinctions. ArchaeoZoologia, v. 6, p. 7-22.
海底地形図は海上保安庁水路部で作成しており,一般的には同部の「海の相談室」というところで閲覧でき,購入に関しても相談できると思います.
-
海上保安庁水路部「海の相談室
〒104-0045 東京都中央区築地5-3-1
Tel.: 03-3541-4296,Fax.: 03-3545-2885
E-mail: consult@cue.jhd.go.jp
利用時間:午前10時-12時,午後1時-5時
休館日:土・日曜・国民の祝日および12/28-1/4
<(棚橋 学・佐藤岱生)>
|
〒305 茨城県つくば市東1-1-3
地質調査所
地質相談所
電話 0298-61-3540
ファックス 0298-61-3569
E-mail:soudan@gsj.go.jp