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就任のご挨拶

平成10年3月31日
電子技術総合研究所長

梶 村 皓 二

 田村浩一郎前所長の後任を仰せつかり、電子技術総合研究所長に就任しましたのでご挨拶します。

 田村前所長は1987年までのマネージメントレヴューで企画室長として国研のあるべき姿を構築され、20年に一度の大幅な組織再編をされました。その後、情報科学部長、次長を歴任される間、電総研の長い歴史の総括である100年史を完成されました。所長に就任された1995年からは、世界に類を見ないラボ制を確立され、分野間のダイナミックな相互作用によって創造的な活動をする環境を、国研の中に公的に設定されました。このご功績は、当所の長い歴史の中でも、時代を先取りした画期的なものとなりました。所員一同とともに御礼を申し上げます。

 さて、電総研は電子技術というジェネリックな技術の研究を通して、公共に貢献することが役割、使命です。

 私はこの「公共に貢献する」という言葉に大変な重みがあると思います。我々が日々生み出しているものが一人よがりのものであったとすれば、公共への貢献という観点から、電総研はなくていいということになるでしょう。また、洞察に基づいたロング・レンジの活動をしていたとしても、社会に対し説明なしに我々のやり方を押し付けておいて貢献していると主張するなら、これまた電総研は要らないということになるでしょう。

 諸先輩が、多くの変革を重ね、時代をリードして研究成果を具体的に世に問うてきた輝やかしい歴史を、電総研は持っています。しかし、そういう経験と蓄積を持つ電総研といえども昔と同じ方法、同じ立場で活動していくには余りに時代が変わっていきます。我々を取り巻く日本と世界の情勢を敏感に感じ取り、来たるべき社会を的確に予想して仕事を進めて行かなければなりません。

 これには豊かなイマジネーションが要るでしょう。そういうイマジネーションを含むセンスは、社会と関わっていき、社会が必要としているものを感じ取るという密接な相互作用があってこそ磨かれていくものと思います。社会への貢献は何も一方的に尽すことを意味するものではありません。両者の間がギブ・アンド・ギブンの関係(相手から取るというのではないという気持をこめてギブ・アンド・テイクと言わないことにします)に自然に導かれて行くというのが理想で、それが真の社会との相互作用でありましょう。

 少し話しが逸れるかもしれませんが、世界最大規模の吊り橋、明石海峡大橋が完成して4月5日に開通します。2本の橋脚の高さは300 m、全長4 kmにも及ぶそうです。アメリカはかつて長大吊り橋の建設では世界一を誇っていました。ゴールデンゲートブリッジは6, 70年も前に造られ、強い風と潮の流れと地震に耐えている橋として有名です。建築家の安藤忠雄氏によれば、アメリカでは30数年前から本格的な吊り橋を造っていません。高度な建設技術は詳細なデータとして保存されているのに、かつての水準すら取り戻すことができなくなっているそうです。理由はこうです。技術は受け継いでいく人間の繋がりが一旦途切れると、いくら詳細な設計図や仕様書が残っていても、実際の体験に基づく微妙な部分が伝わらず、元の水準を取り戻すのは至難の業であるということです。我々の仕事とその成果が、人から人へと潜在的な知恵と一緒に継承され、伝わり、拡がって行かないと価値あるものとして存続しないでしょう。

 人と人との繋がり、社会との密接な相互作用の2つを実現していくには、個々の役割と力を最大限に発揮できるチームワークが必要で、これこそ困難を切り開いて行く源泉になります。いくら良い原木で作ったものでも、タガの外れた桶では水を汲むことはできません。

 電総研は2001年1月1日に大きく生まれ変わる絶好の機会に直面しています。今から100年前、19世紀の終りに当たって、世界の思想界はけだるい倦怠感に襲われていました。いわゆる世紀末思想であります。しかしその間も蓄積され続けた科学の努力は20世紀が始まると同時に花開き始めました。20世紀が終わろうとしている今、社会の閉塞感はその度を深めています。我々は決して大人数ではありませんが、自律的研究集団として確かな仕事を重ね、21世紀を輝かしく迎えようではありませんか。